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福島県産の牛肉が安全なのに売れないのはなぜ?風評被害を受け続けた肉牛農家の7年間とこれから

  • #和牛

この記事の登場人物

湯浅 治
株式会社 湯浅ファーム

この記事の登場人物

湯浅 卓也
株式会社 湯浅ファーム

この記事の登場人物

社領 エミ
ライター
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こんにちは! 京都在住ライターの社領エミです。

みなさん! お肉、好きですか?

びっしり霜降りが入った……

最高級A5ランクの……

とろけるような極上のお肉! 好きですか~!?

※A5ランク … 日本食肉格付協会(JMGA)が認定する、食肉の品質評価。アルファベットは歩留等級(C~A)、数字は肉質等級(1~5)を指し、それぞれが最高値である『A5』は、市場に出回る肉のうち僅かなものにしか与えられない最高級の品質を表します。

実はこちら、“ふくしま・会津牛”というブランド牛のお肉。

そう、福島県産のお肉です。

みなさん、「福島県産」と聞いてどういったイメージを持たれましたか?

まず「福島」と聞くだけで、2011年3月に起きた東日本大震災、そして原発事故を思い出す方は多いのではないでしょうか。

あれから7年。

一時期、スーパーから軒並み姿を消した「福島県産」の食品も、徐々に目にする機会は増し、最近ではすっかり他県の食材と同じく売り場に並んでいるように思えます(地域によって違うと思いますが)。

……が、実際のところ、消費者の皆さんの印象はどうなんでしょうか?

SNSを通じて、私のフォロワーさんやお友達の皆さんを中心とした139名の方にアンケートを行ったところ…

震災後、福島県の食品を避けたことがある人が40%今も避けることがある人が26%いらっしゃるということがわかりました。

また、2017年2月に国内外の1万2500人を対象に行われた福島県産食品の風評に関する調査では、「福島県産農産物は不安だ」とした回答は日本国内で30%中国・韓国・台湾では60%を上回る結果となっています。

参考:福島民報

先ほど紹介した牛肉も、「福島県産」ということで風評被害を受け、放射線が検出されていないにも関わらず、現在も震災前には遠く及ばない安値で取引されているそう……。

安全だと証明されても売れないのは、どうしてなのでしょうか。

いや、そもそも……その「安全」は、信じてもいい「安全」なのでしょうか?

というわけで、福島空港からはるばるバスを乗り継ぎ3時間。福島県の会津地方にやってまいりました!

雄大な飯豊連峰を背にしております! 寒~い!

こちらは、冒頭で紹介した牛肉を生産されている湯浅ファームのお二人。湯浅治さん(右)と、その婿養子である湯浅卓也さん(左)のお二人にお話をお伺いします。

 遠いところから、はるばるようこそ。福島は寒いでしょう?

 いやー、めちゃめちゃ寒いですね! 福島県に来たのは初めてなんですが、手が凍りそうです……!

 これでも少し暖かくなってきたんですよ! 先週までは、ここら一帯雪景色でしたから。

 うわぁ、それも見てみたかったなぁ!

温かな雰囲気で迎え入れてくれたお二人が営むのは、300頭規模の肥育農家※です。

おいしいお肉で今までに幾多の賞を受賞されている湯浅ファーム。代表である治さんは、この道50年の大ベテランです!

※肥育農家 … 食肉用の牛を育てる農家のこと。

突然起きた原発事故。A5ランクのお肉が1/3の価格に急落

治さんと卓也さんが、肉牛業に本腰を入れ始めたのは2007年のこと。新たに牛舎を建設し、60頭から300頭へと規模を広げ始めていた湯浅ファームを東日本大震災が襲ったのは、わずか4年後のことでした。

 震災が起きた頃のことを聞かせてください。この辺りはどのくらいの被害があったんですか?

 こっちの方は、そこまで目に見える被害はなかったかなぁ……

 だな。けっこう揺れたけど、家も牛舎も無事でした。震源地から、だいぶ離れてますからね。

▲湯浅ファームのある喜多方市は、福島県内でもかなりの内陸に位置します。太平洋よりも日本海の方が近いほど。

 でもこの辺りも、当時はドタバタで何がなんだかわからない状態で。とにかく家族だけは養ってかなきゃって、震災後も牛だけはいつものペースで出荷してたんです。……そしたら7月、福島県産の牛肉からセシウムが検出された

▲その年の7月に農林水産省が発表した資料。福島県・南相馬市で飼育されていた肉用牛の牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されたことによって、県内の肥育農家全体に出荷の差し控えが指示されました。

引用:平成23年7月20日農林水産省生産局「牛肉・稲わらからの暫定規制値等を超えるセシウムの検出について

 急に「県内の農家さんから汚染された肉が出たので出荷しないでください」って通達が来て。こっちからしたら寝耳に水ですよ!

 原発事故が起きた時点で、そうなることは予想されてなかったんですか? 当時のテレビやネットでは、割と早くから汚染について騒がれていたような……

 ところが当時、そういった情報は田舎の農家まで届いていなかったんです。大きな災害のあとでただただ慌ただしかったし、放射線に関する知識もなかった。

 震災が起きる前も、ずっと「原発は安全だ!」としか聞いてなかったもんねぇ……

 怖いイメージってあまりなかったですよね。私もそれまで、大飯や高浜に原発があることすら知りませんでした。

「牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムが出た」というニュースは瞬く間に日本中を駆け巡り、福島県の肥育農家は突如窮地に立たされます。

 このままだと、「ふくしま・会津牛」のブランドが危ない!ということで、出荷停止直後の飼育者協議会で「全頭検査をしよう」と申し出ました。BSE(狂牛病)の時みたいに、全頭検査をすればもう一度信頼を得られるはずだ……と。それをきっかけに、県内全域で全頭検査が行われることになったんです。

 県内のすべての牛が一頭一頭検査されたんですか?

 はい。各農家それぞれで、全頭の血と尿の採取が行われました。当時うちは300頭ほどの牛を抱えていたんですが、一頭一頭すべて採取しましたね。

 300頭全部って、めちゃくちゃ大変ですよね……! ちょっと気になったんですけど、牛の尿ってどうやって採取するんでしょうか? 牛って適当に、そのへんにオシッコしそうな気がするんですが……

 その通り……! だからもう、めちゃめちゃ大変だったんですよ。
尿を取るのってかなりアナログな作業なんです。牛のそばにしゃがみ込んで、虫取り網みたいな道具を牛の股間に構えて、ボーっとひたすら待つ! それだけ(笑)

 えー!? でもそれって、7月に? 真夏ですよね?

 
▲こういうこと……!?

 そうですよ。炎天下の中、何時間も座り込んでバカみたいにおしっこを待つの。いや、色々あったけど、牛の尿を取るのが一番大変でしたよ! あっはっは!

 
めちゃめちゃ爆笑している……!

 7月から毎月1回、計4回はやったかな。

▲炎天下の中、何時間も座り込んでバカみたいにおしっこを待つ作業を300頭分×4回 = 1200回!?

 ただその間の数ヶ月、出荷ができないから収入が一銭もないんですよね……。毎日出る牛の糞も、セシウムが混じってて肥料としても使えないから、ひたすら堆肥小屋に溜まる一方! 出荷できずに育ちすぎた牛が、牛舎で死んじゃったりもしましたねぇ。

 無収入だし、ウンコは溜まるし、牛も死ぬ……

 しんどいですよ! 死んじゃったら1円にもならないですしね。子牛1頭買うのに数十万円かかるのに、マイナスでしかない。

 そうやって毎月しっかり検査して、10月にはすべての数値が基準値内になったんです。やっと胸を張って売れるぞ、と出荷をした。でも、その頃にはもう遅かった。

 遅かった、とは?

 「福島の牛はもうダメだ、放射能に汚染されてる」ってイメージがついちゃったんです。

 出荷した牛肉は業者の競りにかけられるんですが、震災前は30人はいた買参人(ばいさんにん)が、2~3人にまで減ってました。競りの方法も、値段が上がっていく通常の競りではなく、価格を下げていって買い手を探す「下げ競り」。手塩にかけて育てたサシびっしりのA5ランクの肉が、目の前でどんどん安くなっていくんですよ。

 ええ……。

 結局その時は、出荷した12頭すべてがそれまでの1/3ほどの価格になりました。およそ1000万円ほどの損失です。

 1000万円の損失……!すみません、言葉が出ないです。その時はどういったお気持ちでしたか?

 いやぁ~! もう、呆れて笑うしかなかったですよ! 「わっはっは!これからどうすっぺかなぁ!」って!(笑)

 人間、辛さの限界を超えたらむしろ笑うのか……

「福島県産」と名のつく限り、正しい価格がつくことはない

 全頭検査は現在も行っているんですか?

 はい、現在も福島県内の牛はすべて検査しています。といっても血と尿を使った方法ではなく、捌いたあとの肉を使って、肉の外側と中身の数値の測定をする形です。(※2018年3月現在)

 今はどれくらいの価格なんですか?

 まだまだ安いですよ! 震災前は30人だった買参人は未だに10人以下だし、一頭150万円レベルのものでも、130万円いったら良い方です。

 牛を10頭売ったら、200万円くらい売り上げが変わってくるわけですね……

 でもね、福島県の牛肉って他と比べてもかなり安全だと思うわけですよ。未だに全頭検査がされているし、そもそも2017年では、福島県内の牛肉の99%からは放射線が検出されていないんです。

 検出されてない!? ゼロってことですか!?

 「0~機械が検出できる下限値」ということですね。

福島県農林水産物・加工食品モニタリング情報のサイトでは、福島県産の食品の検査結果をチェックすることができます。2017年、喜多方市から出荷されたすべての牛肉は「検出せず」との結果となりました。

 えー! 実は、福島県産の食品に対して「基準値内の数値だけど他県よりも放射線量は高い」ってイメージが少しあったんです。そもそも検出されてなかったとは……

 そう。なので、福島県産のほとんどのお肉は放射線が検出できなかったと保証されているわけです。検出された牛についても、数値は微々たるものです。また、福島県内の農家は今でも定期的に牛舎周辺の線量をくまなく測定しています。まず、放射線が検出されるような環境でもないんです!

▲湯浅ファームさんのこれまでの測定結果をまとめた資料。2011年当時から餌、水、敷料や空間線量などを定期的に測定しており、7年分の測定結果は分厚い束となっています

 まず……僕らが住んでる会津福島第一原発の距離を見てみてください。

 あれ!? 仙台と同じくらいの距離……!? こんなに遠いんだ!

そう! なのに、僕らの牛は「福島県産」と名がつくだけで安くなっちゃう。仙台牛なんかは有名なブランド牛ってのもあって、物凄い値段で売れてるんですけどね。

 そうだったのか……

 僕らの牛だって、2015年に肉牛枝肉共励会の『和牛去勢牛部門』って部門で最高位・名誉賞を取ってるんです!ものすごい賞ですよ!

 どれだけ細かく検査をしていようが、原発から近かろうが遠かろうが、私らの肉は「福島県産」。それだけで、いまだに正しい価格がつかないのが現状です。

 実は私も「福島県産」いうだけでひとまとめにイメージしてしまっていました。県内でも、原発からの距離が場所によってまちまちであることなんて、普通に考えればわかることなのに……

 特に社領さんのような、関西在住で東北にめったに来られない方は、そう考えても仕方がないと思いますけどね。

消費者の『福島県』へのイメージが価格を決める

▲牛舎に移動して引き続きお話をお伺いします。肉牛、めちゃめちゃ大きいぞ~!

たとえ、原発からの距離がどれだけ離れていようと、「福島県産」というだけでひとまとめにされてしまう。

では、消費者は現在「福島県」に対してどんなイメージを持っているんでしょうか?アンケートに書かれていたコメントを抜粋します。

「原発のイメージは、未だぬぐえない」

「今でも原発事故が完全に収束したとは言えないし、放射線で汚染されたイメージが残っています」

「現在も多くの苦労をされているだろうに、報道がないために無関心にされている。または、避けられてるイメージ」

「地元の生産者さんには大変失礼だが、国の安全アピールはまったく信用出来ないので食品は買えない。農家さんは本当に気の毒だと思う」

「まだ震災の爪痕が残っていて、原発の放射線が未だに降り注いでいる。」

「自分はこれといったイメージが無いが、年配の方が「やめた方がいい」とよく話すのでちょっと不安、という感じです」

そして、

「何が正確な情報なのか分からないため、念の為避けている」

この記事をお読みのみなさんや、みなさんの身の回りにも、こうした考えの方はいらっしゃるのではないでしょうか。「何が本当かわからないから念のため避ける」というのは、自分や自分の家族の身を守るためのごく一般的な考え方だと思います。

 こんな風にさまざまな消費者の方の意見を見て思ったんですが、消費者が何が正しい情報かわからず不安を募らせている限り、業者さんが福島県産のお肉を仕入れるのは難しいですよね。

 結局店頭に立って売るのは業者さんですからね。消費者に「福島県産は安全なの?」と聞かれた時、しっかり答えられる知識を持ってなくちゃいけない。そこで消費者に間違った情報を伝えてしまったら、それこそ責任問題になりますから。

 この間テレビで、放射能汚染について路上インタビューをしてたんですけど、その中で「数値を測る機械が不正してそう」って言ってた人がいたんですよ。「そんなワケないっつーの!」って突っ込んじゃいましたよ(笑)でも、不安だからこそ、そう考えちゃうんですよね。情報を信じきれない気持ちもわかるし……

 実は私も、今日ここに来るまで福島県産の食品が少し怖かったんです。基準値についても、「国が決めた基準値だし…」と何も知らずに訝しんでました。

 僕らも震災までは何の知識もなかったので、なんとも言えないですよ。どの情報を信じればいいかを自分で判断するのは難しい。放射線が自然界に存在してるということも、飛行機に乗れば沢山浴びるなんてことも、ここ数年で知りました。何かきっかけがないと、詳しい知識を得ることがないってことも、十分わかってるんです。

 ただ、数値だけは福島県農林水産物・加工食品モニタリング情報のサイトを見れば確認できますよね。こうした情報がもっと伝わればいいのに……

 うん。この取材記事をきっかけに、消費者のみなさんが情報を得ようと少しでも思ってくれると嬉しいです。

それでも福島で頑張り続ける。孫の代まで繋ぐために

 いやー。しかし、なんというか、今までの話すべてが原発事故の完全なとばっちりだと思うと、気が遠くなりますね……!

 いやほんとに! 僕ら何の悪いこともしてないし、原発の恩恵なんてこれっぽっちも受けてませんよ。こうして笑ってますけど、今でも「どうして我々が?」と思うことはあります。でもまぁ、笑うしかないですよ。とにかくやってくしかないですし!

 最近は、「ふくしま・会津牛」がこれまで以上の良い評価を受けてるんです。それも、父が福島県全体の肥育農家を団結させたおかげで。

 治さんが?

 そう。震災後すぐの飼育者協議会で、父が「全員でエサを統一しないか」と申し出たんです。それまでの農家同士は、いわばライバルのようなもの。美味しい牛を育てるために大事な「エサの配合」なんかは各農家の一番の秘密だったんです。

 そんなライバル同士が団結?

 そう、父が「こんな時だからこそ、みんなで協力してこれまで以上の良い牛を作らなきゃいけない」って、肥育農家をまとめて意見を募り、美味しい牛を作るためのエサを開発したんです。今では、福島県全体がそのエサを使って、良い牛を育てています。

 やっぱり、こうなったからには今まで以上に頑張らなきゃですよ。今まで以上の良い肉を作らなきゃ。風評被害がなくなった途端、「モノが悪い」って言われないためにもね。

 福島県内のファームは、これまでになかった活気をもって切磋琢磨してます。

▲飼料箱から流れ出る、福島の肥育業者特製のエサ。このエサによって、ふくしま・会津牛全体のクオリティが担保されているのです

 原発近くでは肥育業を廃業した人もいるので、福島の肉牛市場は震災前と比べると6割ほど。福島県は、規模的にも他県より不利な状況です。それでも我々は福島から逃げません。ここでやり続けますよ。窮地に立たされている今、なんとしても僕らが踏ん張らないと。これからの子や孫の代に、ふくしま・会津牛を良い形で繋げていくためにも!

 もう、なんだか涙が出そうです。本日は、貴重なお話をたくさんお聞かせいただきありがとうございました!

未来のために踏ん張る福島のため、正しいことを知っていきたい

というわけで、湯浅ファームのお二人のお話でした!

この記事はあくまで、福島県で肉牛を育てるひとつの農家さんに聞いたお話。福島県内のすべての農家が、このような風評被害を受けているとは限りません。

しかし……

福島県の農家さんは、安全な食品を届けようとされていること。

安全な食品を届け続ければ、信頼も回復できると信じて努力されていること。

そして何より、未来の生産者のために福島県の信頼を回復しようと踏ん張ってらっしゃること。

このようなお話を実際に聞くことができてよかったです。私は今、「福島県を信じたい」と思えています。

みなさんはどう思われましたか?

この取材を行ったのは、2018年の3月12日でした。

奇しくも前日は3月11日、東日本大震災から丸7年の日。郡山駅前では原発事故の被害を受けた方のデモが行われていました。

福島では、罪のない人たちがまだまだ苦しめられていて、それでも頑張ろうと踏ん張っています。

福島県産の食品を食べるか食べないか、福島に行くか行かないか、誰にも強制することはできません。

ただ、「食品の安全性や土地の状況など、何が正しい情報なのかを調べ、見極めようとすることこそが、一番の誠意になるのではないか」と私は思いました。

この記事を読み終えた皆さんに、少しでも「福島県のことが知りたい」と思っていただけていたら幸いです!

いやあ疲れた、この取材……。

こんだけ取材したのに、

私まだ、福島牛食べれてないんですよ……!!

とにかく今、めっちゃ福島牛が食べた~い!

社領エミでした。

(企画・編集:人間編集部 / 撮影・飯本貴子 @tako_i

株式会社 湯浅ファーム

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