畜産に生きる人

京都で150年受け継がれてきた平井牛を、美味しさで一番選ばれる和牛へ

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この記事の登場人物

平井 和恵
京都丹波牧場
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京都府内で最大規模をほこる和牛農家「京都丹波牧場」。

明治元年(1868年)の設立から数えて5代目代表を務めるのは平井和恵さん。一貫経営と長期肥育にこだわって育て上げた「平井牛」は、「脂まで旨い」とプロの料理人をうならせるほど。

しかし、事業を引き継いで現在に至るまで、苦難の連続だったそうです。険しい道のりを乗り越えながらも、高みを目指し続ける情熱の源泉に迫りました。

// プロフィール

平井 和恵 京都丹波牧場 代表取締役

京都丹波牧場 代表取締役 京都府南丹市で明治元年から続く京都丹波牧場の5代目。京都の黒毛和牛「平井牛」を繁殖から肥育まで一貫して行っています。東京の企業で働いたのち、家業を継ぐため2010年に入社。2019年から代表となり、平井牛を日本一の黒毛和牛にするため邁進中。

父の急逝で訪れた、突然の事業承継

「ゆくゆくは家業を継ぐだろう」と意識していた平井さん。しかし、大学では社会学を専攻して、卒業後は東京都内の企業で中途採用の法人営業を担当。「まずは幅広い社会経験を」と考え、畜産から離れた道を選びました。しかし、大阪への異動と仕事の内容が変わったのを機に、実家に戻ることを考えるようになったそうです。

「父も60代に差し掛かっていて、勉強するなら早い方がいいなと思ったんです。父のもとで学びながら仕事を始めたのが10年ほど前で、結婚と出産、子育てとも並行しつつ、3~4年経ったころには買い付けや販売を任されるようになりましたね」

ところが2019年6月。父の一三(かずみ)さんが子牛の買い付けに出向いた北海道で事故に遭い、帰らぬ人に。平井さんを取り巻く状況は一変しました。急遽、跡を継いだものの、取引業者の名前を聞いても何を扱っているのかわからない状況だったそうです。

向かい風の中を駆け抜けた怒涛の日々

2015年ごろ北海道の牧場でスタートした京都丹波牧場の繁殖は、2019年には月に20~30頭が産まれるまでに規模を拡大していました。しか

し、北海道の牧場には繁殖の経験者が一人もおらず、さらに一三さんが亡くなったことで現場は大混乱。

「北海道から毎日のように牛が亡くなったという連絡が入り、右往左往する日々が続きました。あるとき、買い付けが縁で知り合った繁殖農家の上別府さん(鹿児島県・美由紀牧場の上別府美由紀さん)から、獣医師の伏見先生(株式会社Guardian代表・伏見康生獣医師)を紹介してもらったんです。その後、伏見先生には北海道の牧場まで来てもらい、様々なアドバイスをいただきました。

現在は北海道での分娩は辞め、全て京都で行う体制にシフト。毎月10頭ほどの子牛が産まれています。 

「当初は京都にも繁殖の経験者がいなかったので、伏見先生が熊本から人材をスカウトしてくれたんです。現在は部長を務めている才藤(才藤 梓さん)が、2020年の入社以降、ほぼ全ての介助を担っています。あの頃のことを話し出すと終わりが見えないくらい色んなことがありましたね。怒涛の数カ月を経て、少しずつ経営についても学んでいきました」

数々の逆境にさらされながらも、周囲の助けを得ながら乗り越えていった平井さん。苦労が絶えなかった当時をこう振り返ります。

仕事を把握するのも大変でしたが、周囲の風当たりの強さもきつかったですね。業者と取り引きする場面では、『女だから下に見ているのでは』と感じることも多かったです。相場より高額な見積書を渡してくるとか、手数料を知らない間に引き上げられるとか、色々ありましたね。父はハッキリと物申すタイプで怖がられていたのですが、娘の私になら…って意識があったのかもしれません。でも、今では周りに味方がたくさんいてくれますし、言いたいことをハッキリ言えるようになりました」

業界の常識にとらわれず、「枯れた牛」の肥育にこだわり続ける

平井さんの父・一三さんが60年かけて育てあげた「平井牛」。日本3大和牛の「神戸牛」「松阪牛」「近江牛」に勝るとも劣らない肉質であり、多くの食通を魅了し続けています。

その理由は、繁殖から肥育まで一貫した体制と、通常より長く育てる「長期肥育」にあります。一般的な和牛は約28カ月で出荷されますが、京都丹波牧場では30カ月以上、長い場合は36カ月かけて大切に育てているというから驚きです。平井さんは、先代から受け継いだ肥育のこだわりについてこう語ります。

長期肥育の利点はやはり味で、父も『牛は枯れないと美味しくない』と常々言っていました。果物で例えるなら、実が熟れきって枝から落ちる寸前の状態です。月齢を重ねて餌の食いが落ちてきたり、毛並みや角からハリツヤがなくなってきたり、そうした状態を『枯れている』と表現しています」

長期肥育は難しい肥育方法だと言われ、採用している農家は少ないようです。その理由には飼料の高騰によるコスト増や、病気と死亡のリスクが高まるといったことが挙げられます。

手間も時間もかかるので1か月でも早く出荷したいというのが業界の常識。ですが、長期肥育した牛は旨味が凝縮されて、脂の質も驚くほどさっぱりとしています。脂の融点が下がり、飽和脂肪酸から不飽和脂肪酸に変わり、オリーブオイルのように体に優しい脂になるんです。プロの料理人からも『平井牛の脂は質がよく、どう工夫して使おうか考えさせてくれる』と言っていただけるくらいで」

写真提供:京都丹波牧場 肉宝 平井牛 https://hiraigyu.com/

牛肉を食べると「胃がもたれる」という経験ありませんか。その原因について平井さんはこう考えています。

「個人的には『牛が若くなっている』ことが大きいのではないかと思っています。ここ数年で、抗生物質や成長ホルモン剤を添加された飼料が広く使われるようになりました。牛の体調管理や成長促進の面ではメリットもあるのですが、そうやって育てた牛肉はたとえ高級でも『脂がしつこく味がしない』と感じてしまいます。反対に、それらの添加飼料を使わず、長い期間をかけて育てた牛は内臓までおいしいんですよ。『どこを食べてもおいしくて、美容にも健康にもいい』そんなお肉を作ろうと日々取り組んでいます」

苦難の連続だった一貫経営やリスクの高い長期肥育。そんな道を進み続ける理由には、味へのこだわりだけでないある思いがありました。

「本当に心身ともに大変な仕事です。繁殖に関しては、今では現場の従業員に任せられるようになりましたが、それでも深夜早朝の分娩には自分も駆けつけますし、出張に行っている間も心配で仕方がない。そんな苦労がありながらも続けていけるのは、『他にやる人がいない』のが理由の一つですが、目の前の命への責任であるとか、平井牛を待ってくれる人が大勢いることも大きいと思います」

写真提供:京都丹波牧場 肉宝 平井牛 https://hiraigyu.com/

牛から『恩返し』をしてもらえるように

「本音を言えば、一貫経営はやりたくない」と日々の辛苦を噛みしめながら話す平井さん。それでも「平井牛を日本一に」との大きな夢を胸に、高みを目指し続けています。

「命をいただく仕事をしている限り、牛に『恩返し』をしてもらったって思える仕事をしないといけないと従業員にもよく話しています。例えば、品評会で受賞できるのは、それだけ牛に尽くしてきたからだと思うんです。
私も従業員のそんな頑張りを知っているからこそ、相対の場でも強気に交渉できる。買い叩こうとされると『そんな値段で買われてたまるか』って思いますから。
ただ、そんな風に強気でいられるには、“箔”がついている必要もありますよね。
やっぱり、いい牛を育てているから説得力が生まれるわけで。『京都丹波牧場が言うことなら仕方ない』と思ってもらうために、しっかり受賞実績を重ねることが大切だと思います」

最後に平井さんは、「これからも日本一を目指しつつ、牛を長く大切に育てる良さを発信し続けたいですし、だからこそ高値で売っていきたい」。そして「牛飼いってすごくロマンのある仕事なんだと知ってもらえたらうれしいです」と話してくれました。

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