畜産に生きる人

「消費者の声を聞くことがスタートライン」鳥山真が挑む“本当においしい和牛づくり”

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この記事の登場人物

鳥山 真
鳥山牧場
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牧場に伺うと、早朝から我々を出迎えてくれた代表取締役社長の鳥山真さん。「現場ではいつもこの格好です」と作業用のベストを身に纏い、取材に対応しながらも、牧場で働く従業員一人ひとりに声をかけていきます。
どれだけ多忙でも現場(牧場)にこだわる頑ななまでの姿勢と、従来の和牛業界の常識に捉われず、消費者の視点から俯瞰的に見つめるしなやかさを併せ持ち、独自のバランス感覚で地域の畜産の未来を切り開いています。

// プロフィール

鳥山 真 鳥山畜産食品株式会社

鳥山畜産食品株式会社の代表取締役社長。大学を卒業後、東京の企業に就職した後、地元の群馬に戻って就農。2010年に3代目の代表取締役に就任。赤城牛・赤城和牛の認知向上や販路拡大、海外向けブランド「TORIYAMA UMAMI WAGYU」の展開、牧場の繁殖基盤拡大など革新的な取り組みを推し進めている

就農後下積み3年で加工から販売まであらゆる工程を経験。見えてきた家族経営牧場の課題

鳥山牧場は、1948年に初代の鳥山福一郎さんが、農家から肉牛を買い付けて販売する家畜商としてスタートしました。その後、2代目の鳥山晃さんが後を継ぎ、生産頭数を一気に増やすとともに、牛肉直販店「食肉センター」や食肉加工工場を立ち上げて六次化にも着手するなど、事業を大幅に拡大。

そんな父の背中を見ながら育ったものの「家業を継ぐ気持ちはさらさらなかった(笑)」と話すのは3代目の鳥山真さん。雪山に魅せられた真さんは、学生時代から冬季は雪山にこもり、スキーのインストラクターとして子どもたちにスキーを教えていました。

大学卒業後は東京で銘柄牛を扱う高級飲食店を経営する会社に就職し、マネージャーとして忙しい日々を送っていた真さんでしたが、あるとき父の晃さんから「実は今、経営状態があまりよくないから力を貸して欲しい」と連絡があり、家業に入ることに。

群馬に戻ると、晃真さんはまず県内の屠畜場でナイフを持ち、牛の生体を枝肉にするまでの工程を経験します。その後、自社の加工工場で生産管理をしながら部分肉を覚えたり、食肉市場に足を運んで枝肉の良し悪しや産地の特徴を学んだり、営業としてお客さんの生の声を聞いたりと「(料理人として)包丁を握る以外、加工から販売まで畜産の全ての工程に触れた」のだそう。

3年ほどかけて下積み経験を積んだ後、ようやく牧場の現場に入ると「いろいろな課題が見えてきた」と真さんは振り返ります。

「家族でつくってきた会社だったので、父のワンマン経営で従業員の主体性は育たず、誰もが父の顔色を伺いながら仕事をしていました。それに、牧場と加工工場がそれぞれ独立していて繋がりがなく、双方の価値を高めようとする取り組みがないことも残念でした」

どれだけ規模が大きくなっても従業員と向き合い、牛と関わる。徹底的な現場主義が一貫生産成功の秘訣

真さんが牧場に入ったことで、少しずつ現場の雰囲気は変わり始めます。

従業員は「社長には怖くて言えないことも真には話せる」と、経営への不満や牧場が抱えている課題を真さんに打ち明けるように。やがて真さんから当時5名だった従業員にお願いをして毎月ミーティングを行い、現場の意見を吸い上げるようになっていきました。

「従業員が本音を打ち明けられる場が必要だと思ったんです。抱えているモヤモヤがリセットされて気持ちよく仕事をしてもらうことがミーティングの目的でした。そのときに生まれた会議体は、私が父から代表を引き継いだ後も牧場経営の原点になっています。今でも私の役割は会社の向いている方向を示すことで、主体的に発言したり仕切ったりすることはなく、あくまで主役は従業員です」

従業員数が20名まで増えた今でも、真さんは全体の定例ミーティングに加えて、従業員一人ひとりと30分の個人面談を毎週行っています。そして、牛舎に足を運んで従業員と会話をしながら牛の様子を確認することも忘れません。

「赤城牛」「赤城和牛」「紡ぎ和牛」の生産拠点として総頭数1300頭の和牛を育てながら、六次化や海外販売と幅広く展開する鳥山牧場。しかし、どれだけ多忙を極めても真さんは“現場”にこだわります。

「一貫生産を成功させるためには、経営者が牧場の状況を把握し、とにかく牛のそばに寄り添うこと…これが欠かせません。業務をシステム化して効率を上げることはもちろん大切ですが、牛は生き物なので、やはり人間が五感を使って面倒を見ていくことが必要不可欠です。牧場の視察に来たお客さまから、よく『牛が全然鳴かない』と驚かれることがありますが、それは牛が人に慣れている証拠。人間との距離感が近く、牛が安心して過ごせる環境だからこそ、良質な肉に仕上がるのです」

また、真さんは牧場経営者として、もう一つ大切にしていることがあると話します。それは「会社の決まりごとは自分が誰よりも徹底して守る」という基本的なことなのだそう。

「『社長だから何をやっても許される』という雰囲気の牧場に規律は生まれないし、従業員もついてきません。例をあげると、農場HACCPの認証牧場として私自身が全員のお手本となるように飼養衛生管理基準を意識した行動を徹底しています。そんな私の背中を見て従業員が真似してくれるといいですね。従業員の意識が同じ方向を向いてるかどうか、判断基準になるのが『トイレ』です。自分たちが使うトイレを自分たちで常に清潔にできているかどうかが、経営理念の浸透状態を知るバロメーターになります」

消費者の目線に立つことで見えてきた“おいしさ”の新たな景色

鳥山牧場は和牛の品質向上や安定化を目的として、肉の成分分析に取り組んでいます。食肉脂質測定装置や人工味覚センサー装置を使って赤身と脂肪の旨みを可視化。一般的な市場の格付けとは異なる独自の方法でおいしさを追求しています。

「鳥山牧場も以前は食肉市場で最も高い評価がつくA5ランクの霜降り肉を目指していました。しかし、手塩にかけて育て、A5ランクと判定された肉が取引先から『おいしくない』と返品されてしまったことがあり、既存の価値観が音を立てて崩れてしまったんです」

この挫折で真さんが気付いたのは、消費者の目線に立つことの大切さでした。和牛業界は、仔牛の生産者、肥育農家、枝肉を扱う問屋、生肉を販売する小売店と、さまざまな業種が関わることで成り立っています。それぞれが自分の利益を最大化することだけに走ってしまうと、足並みは合わず、消費者に本当においしい肉を適切な価値で届けることは難しくなってしまうと真さんは話します。

「牧場経営をしていて一番注意しなければならないのは『食べる人の存在を置き去りにしてしまうこと』です。例えば生産者同士が集まる場で話題にあがるのは『市場であの品種に高値がついた』『あのサプリメントを与えたら肥育成績が良くなった』など、自分たちが中心の話になりがちで、『このお客さんが和牛をこんな食べ方で楽しんでくれた』といった消費者の話はなかなか出てきません。私が何よりも大切にしているのは、牧場を外側から見る目線…それはつまり“消費者の目線”です」

真さんは、加工工場を単なる六次化による経営拡大の手段と捉えるのではなく、肉のおいしさを可視化するラボとして位置付けています。同時に、商品を購入した顧客から生の声を集める拠点として活用し、それを牧場にフィードバックすることで、“消費者の目線”を取り入れた和牛づくりを実現しているのです。

地域農家と手を取り合い、畜産を盛り上げていきたい

真さんは、毎週自社の冷蔵庫で、鳥山畜産として取引先に販売される枝肉の状態を一頭一頭その目で確かめ、評価しています。そこには、鳥山牧場とともに「赤城牛」「赤城和牛」を生産する協力農家の姿も。市場の格付けとは違う“TORIYAMA流”の が評価が「おもしろい」と話題になっているのだそうです。

「今や流通する和牛の70%がA5ランクと言われるなか、私たちはその流れに反し、市場の格付けとは違った基準でおいしさを追求してきました。その結果、今ではもう霜降りの話をしなくても赤城牛や赤城和牛の価値を理解してもらえるようになりました。枝肉を評価する場は勉強会も兼ねていて、各農家さんに消費者の声も含めて伝えていますが、格付けとは異なる視点が『新鮮で楽しい』と言っていただけるようになり、回を重ねるごとにどんどん参加者が増えているのが嬉しいですね」

鳥山牧場の取り組みは、地域ブランドで畜産を活性化させた、まさに成功事例といえるでしょう。真さんの探究心に終わりはありません。

「畜産農家にとって『出荷することがゴール』と言いますが、私は出荷して消費者から食の評価をいただいて、はじめてスタートラインに立つのだと思っています。外れのない食味の牛肉をどうやって世の中に安定供給し続けていくか、これからも地域の農家さんと協力し合いながら、さらなる改善を進め、畜産をもっともっと盛り上げていきたいです」