農高アカデミー

第18回農高アカデミー:テーマ「うして畜産の世界を選んだのですか?」

この記事の登場人物

大塲 孝倫
森のどうぶつ病院
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畜産を勉強中の全国の高校生がオンラインで学び合う「つながる農高プロジェクト」。第18回目(9月28日開催)は、大動物臨床獣医師の大塲孝倫先生をゲストにお迎えし、2つの大学を経験された進路のお話からお仕事内容までお聞きしました。

//ゲスト紹介

大塲 孝倫 森のどうぶつ病院 院長

1973年生まれ。北海道大学農学部畜産学科・岩手大学農学部獣医学科を卒業後、北海道の道南農業共済組合で獣医師として勤務。その後、2009年6月に森のどうぶつ病院を開業。小動物から大動物まで幅広く診察する病院のなかで、主に牛をはじめとした産業動物の診察や管理、コンサルティングを行っている。

▲全国から集まった獣医師を志す&畜産の道を志す&食に興味のある高校生・大学生たち。進路の不安や悩みにも大塲先生からアドバイスをいただきました!

〜以下、内容のダイジェストです。〜

Part1 まずは大塲先生のプロフィールから

大塲 静岡県で森のどうぶつ病院を開業し、病院の経営と大動物専門の臨床獣医師をしています。病院は小動物病院と大動物病院を併設しており、現在獣医師が9名・看護師が5名、計14名でやっています。

Part2 高校卒業後の進路について教えてください!

大塲 僕は北海道大学の農学部畜産学科を卒業後、岩手大学の獣医学部に編入学し、合計10年間の大学生活を送りました。

静岡に生まれ、実家は父が小動物も大動物も診る開業獣医師をしていました。祖父の代は専業農家で、乳牛を育てながら米やお茶を作っていたので、僕も小さい頃から牛は身近…身近どころか、小学校4年生くらいから学校前に搾乳を手伝わされるという毎日でした。 ただずっと年中無休で働く父の姿を見て育ったので、中学に入る頃には畜産の世界に入ることに少し抵抗を感じていました。

中学生の時、僕の地元と北海道の森町の姉妹交流で、夏休みに北海道へホームステイに行く機会があったんです。その時に汽車から見る大自然と牧場の風景、大都会の札幌に感動して、北海道大学を目指すようになりました。 北大は、当時は理科二類として入学し、どの学部に進むかはその後選択する形になっていましたので、僕の中では「北海道で生活してみたい!」という一心でした。北大に入ってからの4年間は、学校の授業や実習以外にも友だちとスキーに行ったりバイトをしたり、休日に車で遠くまでドライブしたり、どの経験も本当に楽しかったです。

Part3 最終的に畜産の道を選んだのはなぜですか?

大塲 3年生で研究室に入った頃から専門が始まり、みんなが就職先を絞り始めるタイミングで、僕はどうしても企業就職や公務員になるということにモチベーションが上がらなくて。自分は何がやりたいのかと悩んだ末に、父のように獣医師として牧場に関わる仕事に就きたいと思ったんです。

大学で畜産を学んでみて初めて、畜産は日本の食の安全性を守る、やりがいのある仕事なのだと気がつきました。そうすると“手伝わされていた”農業から、農業の本質、重要性、やりがいという部分が見えてきて、父がなぜ年中無休でまで働いてきたのか、その理由も理解できるようになったんですね。そこで大動物の獣医師を目指すことを決め、受験勉強を始めました。

…当時受験勉強はどのようにされていましたか?

大塲 こうなりたい、ここに入りたいと思ったら、強く信じて一心不乱にそこを目指していました。だから岩手大学の獣医学部に入ると決めた時も、受験勉強を優先しました。

結果、卒業論文はレベルの低いものになってしまいましたが、教授に大目に見てもらい、なんとか卒業できました。これで落ちたらどうしようとか、ダメだったらどうしようということは考えていなかったですね。

高校生の時は、自分の気持ちがぶれないように、机の前に「目指せ北大合格」と書いた紙を貼って、好きだったテレビや漫画、音楽もすべてシャットアウトしていました。自分が勉強に向かえる環境を作ることも大事かなと思います。

…回り道したことで良かったことはありますか?

大塲 僕は10年間の大学生活を遠回りしたとは思っていなくて、特にこの仕事は技術職なので、逆にいろんな経験をしてきたことが今すべて生きているなと感じています。

長い人生において、学生時代の数年間というのは、まったくハンディにはならないと思います。僕は二つの大学を卒業しているので、北大の同級生には乳業メーカーや食品メーカーに入っている人もいて、同窓会で会って話すといろんな話が聞けて面白いですよ。

Part4 獣医学部卒業後はどんな進路がありますか?

大塲 獣医学部を卒業して獣医師免許を取った後の道はそれぞれで、小動物の臨床に進む人、農林水産省や厚生労働省、各都道府県の公務員として獣医職に就く人、製薬会社に勤めて薬剤の研究をする人、人獣共通感染症の研究をする人もいます。動物用の飼料会社への就職、大学や高校の教員になるという道もあります。

Part5 大動物の臨床獣医師のお仕事って何をするの?

大塲 まず農家さんから呼ばれて産業動物の個体診療に始まります。畜産業には、生産物を食品として安全に届けるという使命があると同時に農家さんたちが生活していくための利益を得る必要がありますから、“治療”というのは、負の部分であって、家畜の命が守られることがすべての到達点ではないんです。

本来であれば、病気が出ないに越したことはありません。動物が健康で快適に暮らしていることが、一番利益が上がることでもあるんです。

ですので、僕の場合は、個体診療の他に、「病気の予防」という観点で、環境の整備、餌の設計のアドバイスなど農場全体のコンサルティングを請け負っている仕事が多いです。

Part6 畜産に携わるお仕事のやりがいは何?

大塲 小動物の獣医師であれば、どんな治療をしても病気が治れば喜ばれますが、そこが大動物とは大きく違うところであり、やりがいでもある部分だと思います。若い頃、とてもお世話になった先生が「将来的に大動物の獣医師は、生産者の利益に貢献できなければ必要とされなくなる」とおっしゃっていて、それがずっと僕の心の中に残っています。

何を強みにするかはスタッフごとに違いますが、個体診療の他に受精卵を採取して凍結・保存するという仕事をメインに行うスタッフ、豚の管理獣医師をしているスタッフもいます。

牧場の大規模化が進み、コンサルティング的な視点の需要が高まる中、僕たちの関わり方は、農家さんと話していく中で信頼関係を作り上げていくものでもあり、自分が関わることで農家さんの利益に貢献できることは、大きな喜びになっています。

…女性が働く職場という点では、先生はどう感じておられますか?

大塲 僕の病院で最初に採用したのは、たまたま女性の獣医師でした。静岡県で一番最初に大動物臨床を始めた女性で、最初は「女の子で大丈夫?」と不安を持たれた農家さんもいらっしゃったのですが、彼女が目覚ましい仕事をしてくれたので、農家さんが持つ印象も大きく変わりました。

今は機械化も進んでいますし、産業動物分野でもまったくハンデにならないと思います。僕たちも女性が出産して仕事に復帰して、育児をしながらも続けていける環境をより整えていきたいなと思っています。

学生から先生へ質問・進路のお悩み相談

ことね(高3) 高校卒業後、大学に進学するか酪農の道に就職するか、どちらの道を選ぶか悩んでいます。

大塲 どちらが正解かはわかりませんが、僕だったら、進学を選択します。社会に出て仕事をするようになると、勉強する時間は年々取れなくなっていきます。そんな中で時間を見つけて勉強を続けていますが、学生時代ほど勉強に充てる時間を取れることはありません。だからもし進学する選択肢と就職する選択肢がどちらでも取れるのであれば、僕はより専門的なことを学べ、交友関係も趣味も広げられる進学の道を選ぶと思います。就職して農業に従事することは、大学を卒業してからでもできますし、大学の夏休みにアルバイトで農場に行ってみるという経験もできますから。

たけひろ(高1) 僕は今獣医師を目指しています。先生の病院が産業動物と伴侶動物を併設されている理由(メリット/デメリット)をお聞きしたいです。

大塲 併設しているメリットとしては、小動物の方が個体診療に関する診療技術ははるかにレベルが高いんです。産業動物は治療したくても限界が決められてしまうことがありますから。例えば血液検査の見方、レントゲンの見方は産業動物の場合だとあまり深くまで追求しないことが多いですが、併設して、小動物の診療の考え方を産業動物にも共有することでより理解が深まるという良さがあります。ただ経理の面では利益率なども違ったりするので、運営に苦労するところはあります。

すずね 先生が大動物の獣医師として仕事をしてこられて、一番苦しかったことは何ですか?

大塲 自分の診断や判断が間違って後悔したことはたくさんあります。でも何よりつらいのは、一緒にやってきた農家さんが廃業してしまうことです。今生産者さんは皆さん苦しい状況なので、離農する方を少しでも減らせるように、より農家さんの利益が上がるようにサポートしていきたいと思っています。それが僕の仕事の一番のやりがいでもあります。

学生へメッセージ

大塲 皆さんはとてもよく勉強されていて、熱意がすごく伝わってきました。社会に出るとコミュニケーション能力がとても重要で、気さくに話ができる、コミュニケーションが取れるということが大切になってきます。僕の場合、そうしたことは友だちとの交流だったりバイト、休学して外国へ短期留学に行った経験などから学んできたかなと思います。若い時期にぜひ思い切り遊んで、楽しんでください。

農高アカデミーに参加していかがでしたか?

たくみ(高3)農業高校

大動物の獣医師は治療を行えばいいというだけでなく、農家さんの利益に貢献するという視点が必要であることを初めて知りました。初参加でしたが、全国の農高生・大学生の熱意に刺激を受けました!

かなり(高3)農業高校

酪農の家に育った私にとって獣医さんは命の最前線で戦うヒーローのような存在です。その裏側ではさまざまな努力と経験があるのだと感じることができました。私も後悔のないように進んでいきたいです!

たけひろ(高1)普通科

家が農家ということもあり、ある程度、大動物臨床獣医師の知識はあったのですが、大塲先生のお話を聞いてより一層興味が湧き、今目指している獣医師の将来がとても楽しみになりました。

ひなの(高3)普通科

獣医さんと言うと犬や猫の獣医さんのイメージしかなかったので、こうした牛など産業動物専門の獣医さんのお仕事があることを知り、もっと知ってみたいと思いました。

すずね

私は獣医師を目指して勉強していますが、獣医師は病気を治すのが専門だと思っていたので、畜産の世界では治療だけでは不利益、予防のために行動しているというお話にハッとしました。未来の選択の幅が広がりました。

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