農高アカデミー

第17回農高アカデミー:テーマ「生産の形ってどう変わる?畜産農家の多様性」

この記事の登場人物

髙梨 裕市
髙梨牧場
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畜産を勉強中の全国の高校生がオンラインで学び合う「つながる農高プロジェクト」。第17回目(7月15日開催)は、食べる瞬間までこだわる千葉県の和牛肥育農家・髙梨裕市さんをゲストにお迎えし、この先変化していく生産の多様性について考えました!

//ゲスト紹介

髙梨 裕市 髙梨牧場

千葉県の鴨川で和牛肥育を営む髙梨牧場。髙梨さんが育てる「かずさ和牛」は地域ブランドを飛び越え、国内外のファンから愛される“髙梨ブランド”。厳選された飼料と研究を重ねた肥育法で、5つ星ホテルであるザ・リッツ・カールトン東京や一流レストランのシェフからも指名買いされている匠の生産者。

もくじ

▲全国の農高生・大学生が和牛肥育のプロから学びます! ワークショップでは「個性×和牛」の観点から生産の可能性を考えました!

〜以下、内容のダイジェスト〜

Part1 まずは髙梨さんのプロフィール

髙梨 髙梨牧場は千葉県の南部、房総半島の鴨川市に牧場があり、和牛肥育300頭を家族経営しています。

私自身はホルスタイン主体の牧場の息子として生まれたのですが、ずっと農家を目指す意思はなく、大学は法学部に進みました。大学院に進んで25歳で学生生活を終えた頃、創業者でもある祖父が体調不良で現場を離れることになり、28歳で就農することとなりました。

私の就農を機に牧場はホルスタインから黒毛和牛に切り替えました。

Part2 数々の受賞歴を持つ髙梨さんの牛。賞を取る秘訣は?

…農林水産大臣賞を7度受賞、「全国和牛能力共進会(和牛全共)」「全国肉用牛枝肉共励会(芝浦全共)」入賞など数々の受賞歴をお持ちの髙梨さんですが、何か秘訣はあるのでしょうか?

髙梨 私の畜産家としてのスタートは28歳。牧場で生まれたとは言え、手伝いもしない子でしたから、何の下積みもなく何の研修も知識もない状態でした。

でもその素人感覚が良かったんじゃないかなと思うんです。何にも染まっていないから、先入観がなかった。もしかすると同世代は高校卒業後、すでに10年のキャリアを積んでいる可能性があって、そこから一緒に経験を積んでもその距離は一向に縮まることはありません。

ですから、その時点で経験に頼ることはやめました。

代わりに、データや研究理論を背景にした和牛作りってないのかな、と探し始めました。でも書店に行ってもそんな専門書はありません。ググっても出てこない。だから牧場に来るいろんなメーカーの営業マンさんに「何でもいいから教えてくれ」って頼んで(笑)。するとある方が1冊の専門書をくださったんです。

読むと今度は著者に会いたくなって、連絡を取って何とか会うことができました。次に2冊目の専門書を見つけたので、これはまた著者に会わなくちゃいけないなということで、いろんな方を伝って著者を牧場に呼んで…ということを1年目はやっていました。

…人に聞くことに抵抗や悔しさはなかったですか?

髙梨 ただ知りたいだけですから、悔しいとか上も下も右も左もなかったですね。ただ急ぎたいなという気持ちはありました。ゆっくりはやっていられないぞと。

…データで和牛をつくるというのは、どういうイメージですか?

髙梨 肥育技術については「名人会」さんから多くを学びました。今となっては当たり前のことなのですが、例えば牛の血中のビタミンAをコントロールすることや成分解析の結果を知ること、牛の内臓や骨格の発達などの産肉生理理論を学術的に学んでいくといった、感覚や勘ではなく理論的に進めていくことです。

そうした知識を得たら、全部試してみることをセットにしました。成功事例はたくさんあるけど、それを試してみて自分が再現できるのって10パターンのうち1パターンしかありません。

だから、選択肢の中から自分に適合しているかどうかを選ぶ作業が重要だと知り、数パターンを常に繰り返し検証していきながら答えを狭めていくということを行っていきました。

…そうした作業をお一人でされていたんですね。

髙梨 そうですね。ホルスタイン主体の牧場をやってきた父からは、私が黒毛和牛でやっていきたいと言った瞬間に「俺の教えることはないからな」と突き放されましたから(笑)。それもまた良かったのかもしれないですね。

Part3 “食べる瞬間にこだわる”和牛肥育を意識し始めたきっかけ

…最初は賞を取ることを目標にされていた髙梨さんが、美味しさに目を向けられるようになった経緯についてもお聞きしたいのですが。

髙梨 野菜でも果樹でも、生産者が収穫をして生産物を手元に持つのが普通だと思うんですが、畜産って出荷で業務が終わるんです。手元には何も残らない。

必ず屠畜を経由しないといけなくて、競りで販売が成立して、あとはお肉屋さんの手に渡っていきます。出荷後の格付けなどのフィードバックはありますが、生産物は生産者のところに返ってはきません。そこの違和感をずっと感じていて。

…ちょっと味見するってこともできないですもんね。

髙梨 牧場にいる和牛に噛み付くわけにもいきませんからね(笑)。そういう意味で畜産は特殊なんです。だから私自身もそうですが、畜産家って意外と自分のお肉の味を知らないんですよね。

…そんな中、髙梨さんが美味しいお肉を追求しようと決めたきっかけは何だったんですか?

髙梨 一言で「悔しい」思いがありまして。私の代で黒毛和牛に切り替えて少しずつ手応えを感じ始めていた頃に、地元の飲食店さんにも採用してもらいたいと思ったんです。

でもなかなか取り合ってもらえない。そこで皆さんに評価していただけるようにA5ランクの牛を作ろう、共励会・共進会でチャンピオンが取れるようにしようといった目標に向けて進みました。

その後結果もついてきて、これでいよいよ地元の皆さんにも知ってもらえるかもしれないという時に、自分のチャンピオンの牛の肉を食べる機会があったんです。

期待して食べたら、それが全然美味しくなかった !!!

もう愕然として…本当にショックでしたね。そこで格付けと美味しさは違うんだということを思い知って。もちろんみんな格付けを目指してやっているわけですから、私もそれで納得しても良かったんですけど、なんか悔しかったんですよね。

あと、牛に申し訳なかった。やっぱり、もっと喜ばれる命であって欲しかったんです。それなら自分にまだやれることはあるんじゃないかなと思って。それが本当のスタートだったのかもしれないですね。

Part4 料理のプロと組んで美味しい肉を追求

…味を極める道を選び、現在は5つ星ホテルのシェフからも指名買いされる髙梨さんですが、食のプロとはどんなやりとりをされているんですか?

髙梨 衝撃を受けたものの、美味しくするためにどうしたらいいかなんてわからないですし、また最初と同じです、誰でもいいから教えてくれっていう状態(笑)。そこで料理のプロから食べる瞬間に近いところのフィードバックをいただくようになりました。

香りは味の中でも重要視されていて、肉は焼く時の香りがいいと食べる前から美味しさを増しますよね。

焼いた時に水分が出てしまうとそこで旨みも逃げてしまいますから、肉が乾いているかどうかということが重要になります。あとはファーストアタックという言い方をされるんですが、舌に乗った感触と歯が入る感触。そして飲み込んだ後に響く余韻の長さ。

こうした言葉は農家同士の会話では出てこないですね。枝肉評価とは違って数字にはならない部分なので、私も必死にそのフィードバックにしがみついて頑張っているという感じです。

Part5 まだ誰も知らない“美味しい”の追求の裏側

髙梨 サシを入れるとか重量を作るといった技術体系は今いろんな人がやってきて完成されていますが、“美味しいを作る”技術体系はまだ確立されていません。

こうすれば美味しくなるという答えは誰も明確に持っていないし、持っていてもまだ皆さん教えてはくださらない。

私自身も格付けを作っていくような技術のことなら何でも言えるんです。時々専門誌のライターさんやメディアの方にも「そんなに言っちゃっていいの!?」って心配されるくらい全部言っちゃうんですが、美味しさの技術だけは言えません(笑)



…企業秘密ですね(笑)。でも実際いろいろ変えていくことで味って変わるものなんですか?

髙梨 間違いなく変わります。

…それもいろいろパターンを試して実証していくってことですよね。

髙梨 そうです。うちは300頭経営で、肥育の1回転は2年、半数が年間の出荷頭数になるんです。

その150頭を数パターンで常に微調整を繰り返しています。どちら側に振れたかを見ながら、クオリティを落とさない範囲で変化を与えている感じです。

…常に牧場の中は実験されている状態なんですね。気が遠くなりそうですが…。

髙梨 今は“美味しい”という見えない正体を探している状態で、誰もまだこの技術に関して正解を言い切れる人はいない中ですから、面白いですね。

香りという点では、一つ面白い話があって。
実は私の牛肉を指名してメニュー採用してくださっている東京のある5つ星ホテルの料理長さんが、審査課程の中で何かわからないけど髙梨牧場の肉にものすごく良い相性を感じると思ってくださっていたらしいんです。

その後料理長さんがうちの牧場にいらして、使っている飼料を見せたらすごく驚かれて。

実はそのホテルの鉄板焼きでは、普通では使わないようなこだわった米油を使っておられました。私も農家目線で美味しいものを追求して味と香りを作るために米油を使っていて。しかもその米油の製造元が、まったく同じ和歌山の会社の製品だったんです。

…そうなんですか! 嘘みたいな話!

髙梨 その工場の製品をその料理長さんが使われていて、製品を作った後の搾りかすを私は牛に飼料として与えていたんです。だから、料理長さんは「鉄板に敷いた油と牛肉から溢れてくる脂がここで再会している!」とおっしゃいました。嘘みたいな本当の話です。

…他に気持ちの面での変化って何かありましたか?

髙梨 これは人には見えない部分でありますが、精神面においても大きな変化がありました。

既存の食肉流通だけでは髙梨牧場を指定した牛肉を提供していくことに限界を迎え、協力者と共に私自身が流通販売に携わる形で独自の食肉流通を設計した経緯があります。それは同時に自分の名前や顔を出した上で美味しいものを届けるって、同時に怖いことでもあるんです。

良くも悪くも反応がすべて自分に跳ね返ってきますから。誰でも批判は避けたいですからね。でも逃げの言い訳ができなくなった、退路を絶ったことは自分の中でとても大きく、緊張感の中で牛と向かい合うようになりました。

そのことでよりものづくりが研ぎ澄まされていくのを感じています。

…怖さと喜びが同時に大きくなるという感覚ですか?

髙梨 そうですね。でも不安感ってすごく大事で、私は不安になれるってとても良いことだと思っているんです。

自分の成長の加速も格段に大きくなります。イノベーションにはそうした覚悟と挑戦がともない、その上で人の心を動かすものはつくられるのかなと思いますし、「個性を出す」というのは、そうしたすべてを背負った上で、よりその人らしさが出てくることなのかなと思います。

Part6 今後変化していく生産の多様性について

髙梨 まず、今までサシや増体をメインにしてきた血統改良から、いよいよ美味しさに焦点を当てた血統改良を進めていくべき時が来ているなと思います。

同時に飼料の改良なども並行して行っていくのがいいんじゃないかなと個人的には思います。今私も取り組んでいる、食べてもらう瞬間から逆算してものづくりをしていくという考え方は今後大きくなっていくだろうと感じています。

行き着く先は、個人の好みに合わせていく、極端に言えばオーダーメイドの肉づくりといった形も出てくるのではないか。その過渡期には、私たちが数種類の飼料を用意して、セミオーダーのように買い上げる人が餌をカスタマイズして味の付加価値が付いていったら面白いし、食が豊かになるのかなと思います。

相当難しいとは思いますが、それに挑戦する人たちは出てくるだろうし、自分もそうした追求はぜひしていきたいなと思っています。

…最後に、髙梨さんが新たな生産の道を歩んでいかれる中で大切にされていることは何ですか?

髙梨 格付けの基準と美味しさの基準を対立構造に語られることは不本意なんです。

私自身が今こうして和牛産業に携われることも、これまでの歴史あってこそのことですから。私は決して格付け基準が古いとか悪いものではなくて、その上に成り立っていることだと思っています。

そうした軸も大切にしながら、そこに新しい軸をプラスすることこそが、多様性なのだと思っています。

…生産の形が変化するというより、“広がる”というイメージなんですね!

髙梨 まさにそうですね。消費者にとって選択肢を増やすという広がりこそが大切なのではないかと思っています。




Part7 ワークショップ
「個性×和牛」で広がる生産の多様性を考えよう

髙梨さんのように個性と和牛を掛け合わせることで、消費者にもっと新しい消費体験をしてもらえるのではないか、ということで生産の形の多様性について考えました。

Aチーム

てっぺい(高3) 僕たちのチームでは、農家さんには車が好きな人も多いので、「車好き×和牛」=自慢の車を公開しながら生産物を食べてもらう場を作ったり、「スポーツ×和牛」=スポーツ観戦で出るアドレナリンを使ってもっと和牛が美味しくなる肉を開発するとか、「お酒好き×和牛」=お酒を飲みながら和牛を食べることができるイベントを開発して、生産者と消費者の距離が近くなる企画を考えていけるんじゃないかと考えました。

また、お酒や酒粕から作る新たな牛の餌の開発を進めることも米農家さんの助けになるんじゃないかという意見も出ました。

Bチーム

かなり(高3) たくさんアイデアが出たんですが、やはりこの時代だからこそ、消費者と生産者がより繋がれて、生産の背景を見てもらえることが大切だということで、「VR・アニメ・ゲーム×和牛」=VRで餌やりなど農場体験をリアルに味わってもらったり、人気のアニメ制作スタッフと組んで、生産の背景をアニメやゲームで広げてもらうのもいいかなという意見が出ました。第二の「銀の匙」を作るイメージです。

あと「料理×和牛」=生産者の話を聞きながら食事をする企画。そして動画編集などに強い人であれば、商品が届く時に動画をつけて、お肉ができるまでの一連の生産の流れを見せてあげることもできるんじゃないかと話しました。

ゲストから学生へメッセージ

髙梨 多様性というテーマは今後畜産の中の様々な要素に迫ることができると思いますし、学生さんたちには非常に親和性の高いものと感じています。今日は私自身もたくさんの刺激をいただくことができました。これからも皆さんに畜産の可能性を広げていっていただけると嬉しいです。

農高アカデミーに参加していかがでしたか?

かなり(農業高校3年)

個性と和牛を掛け合わせて考えるワークショップでは、一つのワードから想像が膨らみ、みんなの意見が合わさってまったく新しいアイデアが生まれました。今回は大学生の方や大人の方々がたくさん参加されていて嬉しかったです。

ことね(農業高校2年)

初参加で不安もありましたが、高校生・大学生の先輩たちからさまざまな意見が出て、こんな発想が生まれるんだ! という楽しさがありました! 次回はもっと話せるように頑張ります!

りょうが(普通科高校3年)

ほとんど農業と関わりがなかったという初心者ならではの感覚と、専門書を読み著者と会うなど地道な努力で質を高め、そこから味を追求していく髙梨さんがとてもカッコよく思いました。シェフなど味の専門家や消費者とつながり、さらに良いものを作ろうとする姿にも驚きました。

かぐら(大学1年)

髙梨さんのお話はどれも印象に残るものばかりで、これからの畜産を作っていく私たちにとって、大切なヒントがたくさんあったと思います。牛肉など生産に新しい価値を生む新たなプロセスを考えたことで、これからの畜産のあるべき姿が見えた気がしました。私も追求する心を忘れずにいこうと多います。

はな(大学1年)

畜産に関わるイベントに初めて参加しましたが、楽しかったし、新しい目線から見る畜産を知ることができました。今後、まったく畜産の背景を知らない消費者にどう伝えていくかが大事になってくると思うので、より畜産の面白さや楽しさを伝えていきたいなと思いました。

近藤先生(岐阜県立大垣養老高校教員)

現場や関係者の充実したお話を実際に聞かせていただき、とても有意義な時間でした。学生さんたちの新しいイメージやアイデアは今後の教育の現場にも活かしていきたいなと思います。私自身も参加できてとても楽しかったです。

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