「豚コレラ(CSF)」ってそもそも何?命を無駄にしないために知っておくべきことって?生産現場の専門家に聞いてきた
この記事の登場人物
木村 長三株式会社 フリーデン
この記事の登場人物
鈴木 拓郎株式会社 フリーデン
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中野 慧ライター
こんにちは。編集者・ライターの中野 慧(ケイ)です。今日は、神奈川県平塚市のとあるオフィスの前に来ています。
みなさんは、「豚コレラ(とんこれら)/CSF」という家畜伝染病をご存じでしょうか。
「豚コレラ」は、豚やイノシシがかかる伝染病です。世界中で猛威を振るっており、中国やベトナムでは100万頭以上が、日本でも2018年秋に発生が確認されて以来、10万頭以上の豚が殺処分されているのだそう……です。
もくじ
豚肉は、私たちのふだんの食生活を支えてくれています。その豚たちが、食べられることなく、殺処分されてしまっているのです。
でも……
スーパーに行くと、豚肉は今までどおりに、売られています。
(撮影協力:多慶屋御徒町本店 肉卸小島多慶屋店)
消費者としては、「何か大変なことが起こっている」という実感を、なかなか持てません。
そこで今回、ニュースだけではわからない「豚コレラ」のことを生産現場の専門家に取材するべく、企業養豚のパイオニアである「フリーデン社」(本社:神奈川県平塚市)を訪れました。
この記事を通じて、「そもそも豚コレラとは何なのか?」という超基礎的なところから、読者のみなさんにお伝えできればと思います。
そもそも「豚コレラ」という名前は正確ではない?
今日はお時間をいただきありがとうございます。お二人とも、ものすごく偉い方に見えるんですが……あまり気にしすぎず、基本的なことから伺えればと思います! よろしくお願いします。
木村さん・鈴木さん:よろしくお願いします。
人物紹介:木村 長三さん(写真左)
株式会社フリーデン 常務取締役 生販企画室長。
フリーデンの販売するブランド豚「やまと豚」の生産から販売まで、全てに関わり調整を担当している。
人物紹介:鈴木 拓郎さん(写真右)
株式会社フリーデン 取締役 生産本部長。
生産農場を統括管理する役割を担う。
まず、「豚コレラ」とはそもそもどんな病気で、なぜいまニュースをにぎわせているのでしょうか?
「豚コレラ」は豚やイノシシにのみ感染する疾病で、感染力・致死率ともに非常に高い、とても怖い病気です。もともとは「人間にとってのコレラと同じくらい豚にとって怖い病気」という意味で、「豚コレラ」と名付けられたんですね。
人間がかかるコレラの仲間的な病気……ではないんですか?
まったく違う病気です。そもそも人間が豚コレラウイルスに接触しても健康被害は出ないんです。でも、「コレラ」という名前のままだと「人間にも感染するのではないか」というイメージを持たれてしまいかねません。
最近、農林水産省が「豚コレラ」から「CSF (classical swine fever) 」へと呼称を変更し、我々養豚業界の人間もそれに倣っています。いわゆる風評被害を懸念して、呼称の変更をすることになったんです。
約20年前、いまは「BSE」、かつては「狂牛病」と呼ばれていた病気が日本国内で流行したとき、メディアが盛んに「狂牛病」の呼称で報道をしたことで、スーパーに並んでいる安全な牛肉ですらも売れなくなってしまった、ということがありましたね。
【キーワード解説】BSE…牛海綿状脳症(うしかいめんじょうのうしょう)。
牛の脳がスポンジ状になってしまい異常行動、運動失調などを示し、死に至る病気。人間がBSE感染牛の脳・脊髄など特定部位を食すと、「クロイツフェルト・ヤコブ病」という難病の発病に繋がる、という説が濃厚。BSEはイギリスで最初に発生が確認され、2001年に日本でも発生。食用牛肉に関しては安全対策が徹底されたものの、当初は「狂牛病」というインパクトの強い名前で報道されたこともあり、消費者の牛肉離れが起きるなど社会問題化した。
それが、「BSE」に変更したとたんに牛肉が値上がりした、ということもありました。言葉が人間の心理に与える影響は、とても大きいんです。
CSF感染豚の肉は市場に出ないですが、もし仮に食べてしまったとしても人間に影響はありません。科学的、中立的な立場で食品リスクの管理を行う食品安全委員会も「健康被害はない」という声明を出していますので、その点は安心していただいてよいと思います。
(編注)
取材を行ったのは2019年11月末でしたが、その後、2019年12月24日に農林水産省から「豚コレラ/CSFの呼称を家畜伝染病予防法上は『豚熱』とする」との方針が発表されました。理由は「法律上、アルファベット表記の病名を使用するのは困難であるため」とされています。ただし農林水産省は、「通常時は国際的にも通用している「CSF」の呼称の定着を目指していきたい」との意向を示しています。(参考:東京新聞:「豚コレラ」を「豚熱」に法改正案 来年提出方針:社会(TOKYO Web)
CSF感染豚を殺処分しなければいけないのはなぜ?
いま、たくさんの感染した豚が、殺処分されていますよね。もし人間に影響がないのであれば、そこまでしなくてもいいんじゃないか……と思ってしまうんですけれど。
それはね……「家畜伝染病予防法」という法律に「法定伝染病」というものがあって、今回のCSFも指定されているんです。法定伝染病に感染した動物は、必ず殺処分しなければならないと決められています。
法定伝染病に指定されるのは、感染力・致死率ともに非常に高い病気です。もしCSFの流行に対して何もしないでいたら、国内の豚がどんどん感染し、やがて死滅してしまいます。まだ感染していない豚たちの命を無駄にしないためにも、感染している豚を殺処分して感染拡大を防がなければならない。これは、どうしようもないことなんです。
うーむ、なるほど……。
(画像提供:フリーデン)
豚肉の価格はなぜ上がらないの?「ワクチン」「清浄国」って何?
ここ数ヶ月、豚コレラ、いやCSFのニュースを見ていてわからないことがいくつかあったんです。たとえば、大量に殺処分されているのであれば豚の数が減って、豚肉価格が高くなってもおかしくないですよね。でも、いまって豚肉の価格がすごく上がっているわけではないようです。それはなぜなんでしょう?
豚肉の価格は、いろんな要素が絡んできます。国内で飼育されている豚は約1,000万頭いますが、今回のCSFで殺処分されてしまった豚の数は13万頭です。全体からすると「とても多い」というわけではないですね。
もうひとつ、もともと日本の豚肉の自給率は50%以下で、半分以上は国外からの輸入です。国産豚肉の供給が減れば、その分を埋め合わせるべく輸入を増やします。ですが、豚肉価格が全体的に下がってきたら、「やっぱり国産のほうが安心だし、おいしいよね」ということで国産豚肉の需要が高まる。そうやってバランスが取られているので、消費者の皆さんにはCSFの影響があまり感じられないのかな、と。
▲日本の消費者に届く豚肉の価格は、輸入豚肉の価格との兼ね合いなどもあって変動する。
もうひとつ伺いたいことがあります。CSFの感染拡大防止には、まだ感染していない豚にワクチンを打つのが一番手っ取り早かったわけですよね。でも、政府は今年(2019年)9月20日まで、豚へのワクチン接種を行わない方針でした。しかしその方針を転換し、ワクチン接種に踏み切ったわけですよね。
方針転換以前に交わされていた「ワクチンを打つべきか/打たないか」という議論のなかに、「清浄国」という言葉がよく出てきました。動物衛生の向上を目的とする国際機関「OIE(国際獣疫事務局)」によって清浄国に認定されると、豚肉の海外輸出がスムーズにできる。だけど豚にワクチンを打ってしまうと、清浄国の認定から外れてしまう。それはまずいということで国はワクチンの接種をためらっていた――という理解で合っているんでしょうか。
うーん……どうでしょうねぇ。近年の国産豚肉の輸出って10億円ほど、生産量にして約2,000tで、日本の豚肉生産量全体の約120万tからしたら、それほど大きいものではないんです。ただ、清浄国と認められると非清浄国からの豚肉の輸入を制限できる、ということはありますね。
たとえば韓国や台湾って今でこそハイテク産業の国になりましたけど、20~30年前まで畜産業がとても盛んで、国内の養豚産業にとっては脅威だったんです。韓国や台湾だけではなく東南アジア諸国もそうですね。だから、非清浄国からの豚肉輸入を制限して「国内産業を守る」という意味合いはあったでしょうね。
なるほど。だけど今は、「清浄国」の認定よりも、国内の養豚家がこれ以上、殺処分をしなくて済むようにワクチンを打って予防しよう、ということになったんですね。
ちなみに、ワクチンを打った豚のお肉は、食べても大丈夫なのでしょうか?
問題ありません。そもそも2007年に清浄国に認定される前まで、国内の豚にはCSFワクチンが投与されており、そのお肉を私たちは食べていたんです。ですからその点も安心していただいてよいと思います。
衛生管理ってどういうふうにやっているの?
▲取材のため社屋に入る際も「アルコール消毒をしましょう」という呼びかけがなされている。
今日、社屋に入る前にも靴を消毒しましたし、オフィスに入る一つ手前のドアでも手の消毒が呼びかけられていました。養豚業では、衛生管理がとても重要なんですね。
私どもが衛生管理――特に伝染病予防のことを「防疫(ぼうえき)」と言うのですが――に強い危機感を持ったのは、約10年前、宮崎県で発生した家畜伝染病・口蹄疫のときです。口蹄疫も、CSFと同じく「法定伝染病」に指定されています。口蹄疫はワクチンはあるのですが、豚ではウイルスの排泄量や期間が顕著に減少せず、無症状でウイルスを排出し、感染源となりうると言われています。したがって、、感染を防ぐには「ウイルスを入れない」ということを徹底するしかない。そのときに最上級の防疫体制を作り上げました。
実は今、HACCP(ハサップ)というものが注目されています。フリーデンはもともと独自でこれをやっていて、2012年に農場HACCPの第1号認定を受けました。厳密にいうとHACCPと防疫は違うんですけれども、でも防疫をやっていないとHACCPは達成できないんです。
【キーワード解説】HACCP(ハサップ)Hazard Analysis and Critical Control Point
「食の安全」を確保するための衛生管理の手法。食品事業者が、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、異物混入や食中毒などの危害要因を除去または低減させるために、特に重要な工程を記録し管理する。食品衛生法の改正により、2021年6月までにすべての食品事業者がHACCPに沿った衛生管理に移行することが義務付けられた。(参考:HACCP(ハサップ)|厚生労働省 )
防疫って、具体的にはどういうことをやるんですか?
まずは人と車両、この2つによってウイルスが持ち込まれないように徹底して対策します。たとえばトラックの運転手さんに入っていただくときにも、衣服や長靴を交換していただいて、運転席のペダルまで、全部消毒します。
車内まで! 徹底的に消毒するんですね。
(画像提供:フリーデン)
外部の方でも敷地内には入っていただけるんですが、より厳しい防疫管理の工程を踏む必要がある「衛生管理区域」というエリアには、基本的に入れません。豚舎も衛生管理区域に含まれます。
我々従業員も、衛生管理区域に入るときは靴の底を消毒し、「管理棟」というところでシャワーを浴びて新しい服に着替え、最終的に豚舎に入るときにも手を消毒し、長靴を履き替える、ということを徹底しています。
シャワーまで浴びるんですか? 服を脱いで!?
そうです。特に髪の毛へのウイルス付着が怖いのでシャンプーをして、体も洗って、場内で洗濯乾燥した衣服に着替えます。外からは何も持ち込まないようにしているわけです。
▲図面右下にある「管理棟」で徹底して消毒することで、ようやく豚舎内に入ることができる。すべての豚舎が衛生管理区域となっている。(画像提供:フリーデン)
徹底されているんですね。でも、風とか雨とか、空気からウイルスが流れてくることもあるかなと思ってしまうんですが……。
空気はなかなか難しいですね……。ただ、基本的に豚は豚舎から出さないので、豚舎内は徹底的に洗浄しています。
▲豚舎内は、ロボットで自動洗浄する仕組みになっている。(画像提供:フリーデン)
▲清潔に保たれた豚舎内で育つ子豚たち。(画像提供:フリーデン)
防疫の取り組みのなかで、フリーデンさんが特別に工夫していることって、何かあるんでしょうか?
いえ、特別なことというより、基本的に長年にわたって細かなことを積み重ねていますね。たとえば管理獣医師さんに毎月巡回していただきながら、ご指摘に対して逐一、改善をしています。
かんりじゅういし……?
動物の病気を治すだけでなく、衛生管理や栄養管理も含めてマネジメントする、というお仕事ですね。
なるほど……。獣医さんというと、犬猫などペットの病気・怪我を治してくれる人、というイメージを持ってしまいがちですが、牛や豚のような畜産動物の健康管理をする獣医さんもいて、私たちの「食」を支えてくれる、とても大事な仕事なわけですよね。
次なる脅威「アフリカ豚コレラ(ASF)」にどう備えるか
▲フリーデン社に届く郵便物は、すべて紫外線消毒が行われる。(画像提供:フリーデン)
そしてもうひとつ、豚コレラ(CSF)だけでなく、「アフリカ豚コレラ(ASF)」というものの脅威も迫ってきているわけですよね。2つはまったく違う病気だとのことですが……。
海外ではASFの流行が深刻です。ASFはCSFと違ってワクチンがまだ開発できていないため、国内に入ってくると大変なことになります。すでに中国では、報道によると2019年8月時点で前年に比べて1億頭を超える豚が減少したことで豚肉価格が高騰しており、ヨーロッパにも拡大しています。このまま世界全体で豚肉の供給が減っていくと、日本の消費者にも影響が出てくることは十分に考えられます。
日本の養豚場にはまだASFのウイルスは入ってきていませんが、「時間の問題だ」と言う人もいますね。
ASFに関しては、「海外から日本に持ち帰った肉からASFのウイルスが検出された」というケースが相次いでいるそうです。今は空港での検疫など水際で食い止めている状況だそうです。消費者が予防のためにできることって、何かあるのでしょうか?
海外渡航者が帰国するとき、飛行機の中で「持ち帰ってはいけない品目のリスト」が配られますよね。そこに肉製品も入っているんですけど、やっぱり読んでいない方が多いのかなと思います。「自分ぐらいはいいか」と思ってしまうのかな。やはり消費者のみなさんと、私たち生産者の側には危機感のギャップがかなりあると思います。
その意味でも「知る」ということはとても重要ですね。特に気をつけるべきは、肉製品の持ち込みなんでしょうか?
はい、肉製品には気をつけてほしいです。自家製の生肉ソーセージなどは極めて危険です。お肉だけでなく、髪の毛とか革製品とか、いろんなお土産に付着して入ってくることもあります。飛行機の機内食、大型船の廃棄物、コンテナ……どこで何がついてくるかはわからない。だから注意できるところだけでも、注意していただけるとありがたいですね。
改めて、「殺処分」の捉え方
CSFにしてもASFにしても、消費者にとっては殺処分が一番衝撃的だと思うんですよ。「食べても大丈夫なのに、なぜ殺処分しなければいけないのか」という思いもあるはずです。
韓国で、「ASFで殺処分した豚の血で川が赤くなった」ということが報道されていました。そういうニュースを見ると、「なぜそんなひどいことを……」と思ってしまいます。
しかし、CSFもASFも、感染してしまったら殺処分するしかないんです。日本でも、殺処分に携わった自衛隊員の方が精神的なダメージを負ったことが報道されていました。そういうことにならないためにも、CSFに関しては豚たちにワクチンを打つ。そしてCSF、ASF双方にいえることですが、防疫を徹底しなければなりません。
過去に聞いた話ですが、県の職員が殺処分のために発生農場に行ったとき、バリケードを築いて「豚を殺さないでくれ」と訴えた経営者の方もいらっしゃったそうです。養豚家は、誰しもがそういう思いですから。
「無駄に殺したくない」という気持ちを、養豚に携わるみなさんの誰もが、強く持っていらっしゃるんですよね。
宮崎県の口蹄疫のときもそうですし、福島県の原発事故のあとの畜産動物の殺処分も、全部そうなんです。今日お話しした防疫も含め、日本の畜産業の方々は強い意識を持ってやっています。その点はぜひ、多くの方に知っていただきたいなと思います。
まとめ
今回フリーデンさんを取材してみて、我々の生活は動物のいのち、そして生産者のみなさんの努力の上に成り立っているということを、改めて感じました。
生産者ではない私たちにできることはとても少ないです。
しかし、「まず知る」ということが一番大事なのではないか、と思います。
「食」は私たちの生活を支えてくれるもの。動物の命の問題、生産現場の人たちの工夫や苦労、日本と海外との貿易関係……さまざまな要素が複雑に絡み合っています。それらを一つひとつ知り、知識をもとに考え、誰かと話してみる、ということが「私たちにできること」なのだと感じます。
この記事が、こういった畜産や食品の問題をみんなで考えるきっかけになれば幸いです。
それでは、また!
(了)
(企画・制作:株式会社LIG/編集:小嶋悠香(PLAN-B)/インタビュー撮影:二條七海)