映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』に見る再生型農場【前編】
この記事の登場人物
ジョン・チェスター映画監督
今回ご紹介するのは、世界各国の映画祭で観客賞を受賞した3月14日より全国順次公開の『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』。
アニマルプラネットと英国ITVの野生生物番組などを手掛けるカメラマンであったジョン・チェスターが、料理家の奥さん・モリーとともにロサンゼルス、サンタモニカの小さなアパートから郊外に引っ越し、200エーカー(東京ドーム約17個分)の荒れ果てた農地を再生型農法でよみがえらせた8年間の記録です。
ジョンとモリーが都会を離れ、農場を始めるに至ったきっかけは、殺処分目前で引き取った1匹の保護犬・トッドでした。ふたりはトッドを責任を持って育てると誓ったものの、トッドの鳴き声が原因で、都会のアパートで何度も退去を強いられることになります。
そしてついに、郊外で農場を始める決意をしたのです。それは、モリーの長年の夢でもありました。
モリーの夢は、こんな農場。
アプリコット、桃、プラム、サクランボ、ハーブにケイルにブロッコリー…そんなあらゆる食材が育つ、まるで絵本に出てくるような。
単作農業が当たり前となっているアメリカにおいて、ふたりは周りから「無謀すぎる」と言われながらも「再生型農法」…つまり、自然と共存する形で、農植物、動物、すべてが循環するサイクルを実現させる農場を目指し始めます。農場の名前は、「アプリコット・レーン・ファーム」。
そしてこれが、その8年の結果です。
本当に、美しい農場。
ここには今、250種類以上の野菜や果物、あらゆる動物、虫たちが共存しています。
ジョン夫妻と荒れた土地をこの循環のリズムが整うまで導いたのは、アラン・ヨーク。ベンジガー・ファミリー・ワイナリーなど数々のワイナリーも手掛けてきた、再生型農法の巨匠です。
彼らは元の農地をすべてゼロに戻し、ミミズを大量に加えた堆肥づくりから始めます。「最終目的は、農場の中で生態系を再現すること」「農場を健全に保つために動物が要る。いずれ帳尻が合い、それらがすべてをリンクさせる」そんなアランの言葉を信じ、ふたりは挑み続けますが、
道のりは険しく、農薬を使わないレモンの木は大量のカタツムリに侵され、木々の果実は野鳥たちにほとんど食べられてしまいます。
しかし5年が過ぎた頃、農場に変化が訪れます。
数日前までアブラムシに覆われていた木からアブラムシが消え、代わりにアブラムシの天敵である何百匹というテントウムシが戻ってきたのです。同時期に同じようなことがあちらこちらで起こり始め、半信半疑ながら前進してきたふたりは、再生型農場の成功を実感するのです。
大量に発生して困っていたカタツムリは、カモたちが喜んで食べ、地面を覆う雑草は、羊が食べる。農場と野生動物のニーズをバランスよく整えた結果が実り、さまざまな問題を自然が自ら解決してすべてが回り始めた瞬間でした。
映画の画面を追いながら、8年を共に過ごすこちら側も、歯車が噛み合い回り始める現象に、大きな感動を覚えます。
8年間365日、カメラを回し続けた監督であり、農場主であるジョンはこう話します。「本作は農業のひとつのやり方を推奨したり、これが唯一の道だと押し付けたりするものではありません。観客の皆さんに、自然との共生が無限の可能性を与えてくれるということが伝われば嬉しい」。
劇中には、土地の干ばつ化により年々山火事が激しくなっているカリフォルニアの脅威も映し出され、火災が農場まで迫った際に動物たちをどう非難させるか、立ち回る彼らの姿からは、到底人間の力の及ばない自然災害に直面した際の課題についても考えさせられます。
【後編】では、本作公開以来、世界中から注目が集まるジョン監督のインタビューをお届けします。
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
2018/アメリカ/91分
原題:The Biggest Little Farm
監督:ジョン・チェスター
出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター、愛犬トッド、動物たち
配給:シンカ
※3月14日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次公開
©2018 FarmLore Films, LLC
映画『ビッグ・リトル・ファーム』オフィシャルサイトはこちら
この記事を書いた人俵本 美奈
編集者/ライター。どっこいしょニッポンが隔月で開催する
「農高アカデミー」の進行などを務める。全国5エリアの
高校図書館から発信する月刊フリーマガジン