映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』に見る再生型農場【後編】
この記事の登場人物
ジョン・チェスター映画監督
世界各国の映画祭で観客賞を受賞した3月14日より全国順次公開の『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』。【後編】では、「アプリコット・レーン・ファーム」の農場主であり、本作の製作者でもある、ジョン・チェスター監督にテレビ取材をしました。
もくじ
40歳から始めた“究極の農場”作り。農場の生活が価値観を大きく変えた。
…「アプリコット・レーン・ファーム」の農場が美しくて、思わずディズニー映画のセットかと思いました。
ジョン 本当!? ありがとう!
…カメラマンを20年ほど続けておられた監督が、都会を離れて農場を始められたのは何歳の時でしたか?
ジョン 39歳か、40歳の時かな。
…40歳でゼロから始められたんですね。
ジョン そうだね、若い頃に大豆やトウモロコシの畑で働いたことはありましたが、トラクターを運転したり柵を作ったりしたことがあるだけで、土壌のことや生態系については何も知りませんでした。アメリカの農家の方々も土壌のことはほとんど理解していないんです。もし理解をしていれば、土壌破壊にこれほどお金を投げ打つことはないですよね。
…農場の問題を解決するには、「観察することが大事」とおっしゃっていましたが、それはカメラマンをされてきたからこそできた部分もありますか?
ジョン いつも周りの状況を意識してきたので、これまでのカメラマンのキャリアが影響しているかもしれません。ただ、農場で必要とされるスキルは、まったくと言っていいほど違っていました。
ジョン 農場で“見る”ということは、起こっていることを4次元的に見る必要があります。
…4次元ですか?
ジョン そう、3次元ではなくね。1、2、3次元に加えて、4次元目。これは未知の部分です。ですから想像力も必要です。何か問題を見つけた時は、頭の中で3次元的な視覚化ができると助けになります。解決策は複数になることもありますし、その原因の源が何かということも考えなければいけません。
「無謀」と言われた声はいま、羨望の目に変わりつつある。
…再生型農場を始める前に、「無謀だ」とか「不可能」といった否定的な声も受けられたようですが、それらの声は、いま、どのように変わっていますか?
ジョン 周りにいる人たちはだんだん興味をもって、質問をしてくれるようになりました。特に農家の人なら、「なぜ同じ木なのに、君たちの木は2倍のサイズで、僕たちの木は半分なの?」とか「なぜ僕たちにだけ害虫の被害があるの?」とかね。
…なるほど。
ジョン ですが、こういう再生型農業を信じて実行するためには、何が起こっているのかを見たい、理解したいという気持ちがある人でなければ難しいと思います。怖いなと思えば、すべてが見えなくなってしまうんです。
農場見学を毎月実施、800枚のチケットは15分で完売!?
…若い方々の反応はいかがですか?
ジョン いまアメリカの20代の間では、再生型のライフスタイルを求めるムーブメントが起きていて、とても支持してくれています。特に高い教育を受けた人たちがこうした農場での生活を求めているんです。
…農場の見学も受けられているんですよね?
ジョン 私たちがここで行っていることは、すべてシェアしようと思っているので、見学は毎月1週末受け入れています。
「アプリコット・レーン・ファーム」のサイトから、ニュースレターに登録していただくと、ツアー募集の案内が届くので、そこから申し込んでいただくことができます。今、世界中の農家の方が見学を希望してくださっていて、先日800枚チケットを売り出したら、15分で売り切れてしまいました(笑)
…すごい! 人気アーティストのチケットだ!
ジョン クレイジーだよね(笑)
毎日違う道を歩いて果樹や動物たちを観察し、次の変化を予想する。
…監督の1日はどういうスケジュールになっていますか?
ジョン 朝は5時半に起きて、以前はそれから動物にエサをやりに回っていたのですが、今はやってくれるチームがあるので、そこは任せています。その後妻と私でそれぞれのチームを訪れて、いま直面している問題が何かを聞いていきます。その後11時半にみんなと一緒にランチを食べて、牧草地や果樹園を歩いて、果樹の状態や動物の状態をチェックしていきます。
これは毎日違う道を歩くようにしています。
年配の農家の方がおっしゃっていたんですが、「良く世話されている農場というは、足跡があるんだ」と。タイヤの跡ではなく、ね。
そして17時頃夕飯を食べて、ラッキーであれば21時半に寝ます。大抵は夜中に水のパイプが壊れたとか、仔羊が生まれたといった電話を受け取ります。なぜかいつも仔羊は夜中の23時半~3時にかけて、それか金曜日の夕方16時に生まれるんだよね。これから週末だって時にね!(笑)
自然界のトライアングル、願い信じてきたことが実現した瞬間。
…8年間、365日農場を続けながら記録を撮影し続け、映画化ははじめから予定されていたんですか?
ジョン 僕のトラックにはいつもiPhoneと4Kのカメラを積んでいて、何かを見つけたら撮影をしていました。ただ、本気で映画化しようと考えたのは、5年が経って、農場が複雑な免疫システムを自ら再構築し始めた時でした。
野生生物やさまざまな昆虫が帰って来て、悩みの種だった害虫の侵入を減らすのを助けてくれるようになったんです。
…テントウムシが集まって、生態系の歯車が回り始めた時ですね。あれは本当に感動しました。
ジョン そう、ほんの数日前までアブラムシに覆われていた木の横を通りかかると、その木からはアブラムシが消えて、代わりに何百匹ものテントウムシ、つまりアブラムシの天敵がいたんです。
…その時の気持ちを教えていただけますか?
ジョン 本当に驚いたよ。5年間続けてきて、初めて喜びを感じたし、それと同時に安心もしました。私と妻がそうなって欲しいと願って信じてきたことが現実に起きたんです。
…そこで自信も出ましたか?
ジョン そうだね。何度も問題が繰り返すリズムが見えてきて、それらの問題がこれまでとは違う形に見えてきました。
自然界はすべてトライアングルになっています。アブラムシを除去するためには、アブラムシを守っているものを除去しないといけない。それは、“蟻”なんです。蟻が花の蜜をアブラムシにあげてしまう。まるでマフィアみたいにね。
だからテントウムシがアブラムシを食べようとすると、蟻がテントウムシを攻撃する…世界はそうやって成り立っています。
都心部のアパートで暮らしていた、10年前の生活を振り返って。
…今振り返って、10年前サンタモニカのアパートで送られていた生活をどう思われますか?
ジョン Terrible!(ひどかった!)(笑)
もちろん都市生活をしている人を悪く言うつもりはありません。ただ、今僕らは毎日自然の中にいて、いろんなものが密接に繋がり合い、またそれらが進化しているのを感じながら生きています。
“生きている”ことを実感しながらね。だから僕にとって2次元的な生活に戻ることはもう想像もできないかな。
…では今後は、以前のように世界中に撮影に回るということは考えておられませんか?
ジョン 今は、人々にこの非常に複雑な生態系の価値を知ってもらうためのチャンスを何より大切にしています。だから当面は農場を続けながら、ここで起こっているストーリーを撮り続けたいなと思っています。今はチームを作ったので、それもやりやすくなりました。
日本の農家、これから就農する学生へメッセージ
…最後に、日本の農家、そしてこれからこの道に進もうとしている学生たちにメッセージをいただけますか?
ジョン 地球の生態系に対する破壊的な行為は、産業的な農業が起こしている部分がとても大きいです。それらが生物の多様性と表土を壊しているんです。
ですが、僕たちはその生物の多様性と表土こそが、農場の免疫システムになっているということがわかりました。その免疫システムが、より良い作物を作ってくれますし、地球を癒すことにもなります。
最後に、私のメッセージはこれです。
農家の方々は、地球を救う可能性を持った、偉大な環境活動家であるのだ、ということです。
Photo Credit: Yvette Roman
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
2018/アメリカ/91分
原題:The Biggest Little Farm
監督:ジョン・チェスター
出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター、愛犬トッド、動物たち
配給:シンカ
※3月14日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次公開
©2018 FarmLore Films, LLC
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