どっこいしょニッポン「チクサンデザイン開発部」を発足! 畜産業界にイノベーションを起こす「デザイン」発想とは?
この記事の登場人物
長島 孝行東京農業大学農学部 デザイン農学科
どっこいしょニッポン「チクサンデザイン開発部」を発足! 畜産業界にイノベーションを起こす「デザイン」発想とは? 東京農業大学農学部 デザイン農学科 長島孝行教授にお聞きました。
長島孝行教授へのインタビュー記事を前編・後編に分けてお届けします。
東京農業大学農学部 デザイン農学科 長島孝行教授
“デザイン”には、社会の課題解決をするためのアプローチという意味があります。課題解決するための設計。畜産の世界もこうした“デザイン”の視点で考えていけば、新しい発想や課題解決のヒントが生まれるかもしれない! ということで、この度どっこいしょニッポンでは「チクサンデザイン開発部」を発足。さまざまな角度から畜産の未来を皆さんと一緒に考えていきたいなと思っています。
日本で初めての「デザイン×農学」の研究室が誕生
訪れたのは東京農業大学農学部。
中でもユニークな「デザイン農学科」へ
「チクサンデザイン開発部」を始めるにあたって、まずお話を聞くのは、シルク研究および自然に学ぶインセクト・テクノロジーの第一人者である東京農業大学農学部の長島孝行教授。’18年4月に「デザイン農学科」を立ち上げ、当学科長、日本千年持続学会理事等を務め、養蚕業にイノベーションを起こし続ける一方で、犬を愛するブリーダー、ドッグハンドラーといった顔も持つ先生です。幅広い知識とやわらか頭で次々と生み出すアイデアは、研究室内に留まらず、すべて社会実装につなげることをゴールとされていることにも驚きました。
生産を目的としていた東京農大で
“デザイン農学”を独立させたワケは?
長島 ご存知のとおり東京農業大学はこれまで「生産」のみをしてきました。しかし、今は“作れば売れる”という時代ではありません。例えばパン屋に行っても、それが欲しくて買う場合ばかりではありません。あくまで「better」なものを買っているだけで、それが「best」ではないですよね。そこで本当に求められているものは何なのか? もっと消費者目線が必要だと考えました。
「デザイン」は、何かを形作る“設計”という意味ばかりではなく、目的のための“課題解決”として捉えています。 “アート”と“デザイン”の違いは、アートは捉え方が個々に違って自由ですが、デザインには、方向性と落とし所をきちんと持ってやっていく必要があります。この考えはヨーロッパなどではすでに主流になっています。
複数の社会問題を同時解決してこそ
サステナビリティは生まれる
長島 僕たちは“農”で社会問題を同時解決しようと考えました。例えば環境問題において、CO2だけ削減すれば解決するというわけではないですよね。そこには人口問題や経済の問題が絡み合っています。そうした関連しているものをすべて同時解決しなければ、サステナビリティは生まれません。
例えば町工場から生まれた株式会社アビーのCASシステムは、Cells Alive Systemといって細胞を生きたような状態にして瞬間凍結させるシステムです。CASの誕生で、日本は鮮魚の細胞を生きたままのように瞬間凍結させて輸出し、海外で刺身を美味しく食べてもらえるようになりました。死後20分経つと白くなってしまうイカも透明のまま輸送できるようになりました。この技術は医学にも農学にも使うことができます。これはとても大きな発明だと思いました。
イノベーションを起こすのは勇気のいることですが、それを起こさない限り、成熟した社会は訪れません。明治時代、「農」は食べるものを豊かにするために生まれ発達しましたが、今はそれらの生産は行き渡り、生き物や自然を有効に利用しながらサステナブルに生産を上げていく時代です。大学もジャンルを広げ学際的になってきています。
僕らもこれまで生産のみに目を向けていた農学から、生産から販売まで、サステナビリティという部分に特化して農や科学技術について考えましょうということで作ったのが「デザイン農学科」です。食の提案やライフスタイルの提案、社会デザイン、生物の機能を社会実装させるための研究室を揃え、英語で言うと“Agricultural Innovation for Sustainability”。研究だけで終わらせるのではなく、社会実装させることこそが大切だと考えています。
“自然を有効に利用する”とは
つまりどういうこと?
長島 魚の体色が「色素」であるのに対し、クジャクや玉虫の羽は「構造色」です。シャボン玉は色が刻々と変化しますよね。あれは膜の厚さによって反射する光があのような色に見えているんです。こちらのカップも、ステンレスのカップ自体に色はありませんが、ナノレベルで厚さの違うステンレスを重ねることで、さまざまな色に見えるんです。
▲自然界の構造色の原理を利用したステンレスのカップ。この発色に塗料は一切使われていない。
長島 金属は塗料を塗ってしまうとリサイクルが非常に困難になりますが、この方法だとリサイクルが可能です。アレルギーの方にも反応しにくく、変色もなく、錆びることもありません。これを「バイオミミクリー」(生物模倣)と呼んでいます。
長島教授はどのように養蚕の世界にイノベーションを起こしたのか?
“代用を作る”研究をやめたら
次世代素材まで見つかった!
長島 養蚕(ようさん)はかつて日本経済の礎を築き、日本を近代化させてきた歴史があります。カイコは日本の誇る家畜なんです。だから「お蚕さま」と呼ばれてきました。しかし、低価格で大量生産できる化学繊維の台頭によって、国は富岡製糸場の養蚕を停止させました。
お恥ずかしながら僕は「21世紀では養蚕業は培養で行う」と言って、科学でシルクを作る研究を続けていたんです。たしかに細胞培養や組織培養をすればシルクを作ることはできます。ところが糸にならない。しかも生産性がまったく違いました。僕がフラスコの中で培養液を振っている隣で、カイコは桑を食べてものすごいスピードで糸を出しています。それを見て、「こんな技術は実用性がない」と判断し、僕は研究をやめました。
ところがその後、繭のナノ構造を調べると、繭がいろんな機能を持っていることがわかってきました。例えばUVを繭の外から当てても大丈夫なものが、繭を外してUVを当てると、さなぎは100%癌になりました。大学時代、繭は体内で要らなくなったアミノ酸を体外に排出しているだけと教わりましたが、とんでもないことですよね。他にも脂肪等を吸着する機能があって、繭の中にいる間のさなぎの脂やよごれ、臭いを取り除いてくれたり、菌の増殖を抑える機能があったり、鳥に食べられないように消化が悪かったり…。僕は15年基礎研究を続け、こうした機能を使ったサプリメント、防腐剤が要らない化粧品が生まれました。これらはすべて社会実装しています。
…先生が「糸を作る」ことだけに固執されていたら、見つからなかったことなんですね。
長島 本当にそうなんですよ。これなんて面白くて、シルクからプラスチックを作っています。
▲シルクを溶かして形作った次世代型素材の「シルクプラスチック」。パッキパキ!
…これがシルクからできているんですか!?
長島 カイコの体の中では液体のものが、体外に出ると固体になるわけです。僕はその固体をもう一度溶かして液体に戻して、形成してみました。それがこうしたプラスチック素材になるんです。生分解性があるので、半永久的にリサイクルすることができる、次世代型の素材です。
…すごい…信じられないくらい画期的ですね。
長島 そこに新しいビジネスが生まれるわけです。これまでは補助金をもらって上のことばかり気にしながら農業をしていたことが、視点を変えたことで、補助金の要らない新しい養蚕システムができたんです。第二次養蚕業「ニューシルクロードプロジェクト」の提案です。
長島教授はどのように養蚕の世界に
イノベーションを起こしたのか?
長島 もう一つ僕は“桑”から食用桑を作りました。カイコの餌である桑は、簡単に作れるから発展したんですよね。虫がつかないから、農薬も要らない。
…美味しくないからですか?
長島 そうなんです。でも、本当に美味しくないからだけかな、と思って。あれだけいろんな昆虫がいれば、他に食べる虫もいるだろうと。
…たしかに。誰か他に食べる虫がいてもおかしくないですよね。
長島 そう、それで調べたんです。そうすると、桑にはデオキシノジリマイシンという成分があって、他の動物は食べても血糖値が上がらないことがわかりました。唯一、カイコだけがそれを消化する酵素を持っていたんですね。そこで閃いたんです。血糖値が上がらないということは…。
…ダイエット食になる! つまり人間に使える、と。
長島 そうなんですよ。そこで600~700品種ある桑から、美味しく食べられる品種を探し出して食用桑を開発したら、滋賀の和菓子屋・たねやさんの山本社長が「ぜひ使わせて欲しい」と注目され、血糖値の上がりにくい和菓子としてさっそく商品化されました。(※ラ コリーナ近江八幡限定で販売)
【出典:たねや】
▲山々に囲まれた滋賀に佇む、たねやグループのフラッグシップショップ「ラ コリーナ近江八幡」。
長島 たねやの山本社長とは20年来の友人ですが、地域創生に力を入れられていて、ラ コリーナには年間300万人が訪れるんです。和菓子屋に300万人、これはすごいことです。
…ラ コリーナは本当にすごいですよね。若い子にも人気のスポットになっていますし。
長島 ラ コリーナの建物は縄文をイメージにされています。山本社長は「農藝」と呼ばれていますが、ラ コリーナは「農」と「アート」の融合なんですね。これは僕の考えとも非常に近く、皆が農を身近に感じることができる場所になっています。
養蚕をIOTと伝統の二軸で
サステナブルにデザイン
さらに長島教授は、東京大学、京都工芸繊維大学の知恵を集結し、経済産業省と組み、2013年、新潟県十日市に養蚕の無菌工場を建設されました。人がほぼ介在しないAI化された完全無菌状態で温度や湿度管理を行い、桑葉をほとんど用いない人工飼料を敷いた上に卵を入れ、蚕は25日目に繭を営繭(えいけん)。その間、餌を与えるのは2回のみ。年に何度でも飼育可能な生産量も安定するシステムで、できるシルクも最高の品質です。
【出典】きものブレイン絹生活研究所(工場写真)
長島 ただ、一方で従来の伝統的な養蚕も大切に守らなければいけません。しかし農家としてはやっていけないので、僕は子供たちやシルバーの方々に施設や自宅で行なってもらう「訪問かいこ」を考えました。施設の方が時々餌である桑を持って行き、できた繭は、化粧品会社が買い取ります。高品質で機能性もあり、品種も独自のものを飼育しているので、高値で買い取ってくれます。また、養蚕は25日が1クールなので誰にでもできるんです。だから寝たきりの方でも餌をあげられるし、日々の張り合いにもつながります。
こうして作り方のイノベーションが起き、養蚕に誰もが参画できるようになりました。障がいを持つ人など社会的弱者が、こうした作業の中でとても重要な役割を担うこともわかってきました。農福連携で、僕はこれが本当の一億総活躍社会ではないかと思うんです。さらにこの養蚕にはゴミが出ません。唯一出るゴミがさなぎですが、それも今、動物性蛋白のパウダーにして、食に利用できるようにしています。
後編は長島孝行教授に
「畜産業界ではどんな発想の転換が可能なのか?」について
お話をうかがいます。次週お楽しみください!
●ホームページ
東京農業大学農学部 デザイン農学科
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