畜産に生きる人

「牛嫌い」だった牛飼いが、但馬牛の魅力を伝えるために確立した信念

  • #和牛
  • #一貫飼育
  • #六次化
  • #若手が活躍

この記事の登場人物

碓永 芳輝
神戸うすなが牧場
" alt="">

畜産業界で大きな課題となっている人手不足。その解決への道は容易ではありません。

そんな中、目を見張る取り組みを続けているのが、神戸うすなが牧場の碓永芳輝さん。祖父の代から続く牧場を2018年に引き継ぎ、機械化・マニュアル化による効率化や「1日8時間勤務、週休2日制」など、業界の慣習にとらわれない取り組みを次々と実行しています。

しかし、かつての碓永さんは「牛飼いにはなりたくなかった」と考えていました。その背景や、だからこそ確立できた信念に迫ります。

// プロフィール

碓永 芳輝 神戸うすなが牧場

農事組合法人 うすなが農畜産組合(ASU) 神戸うすなが牧場 牧場統括責任者 焼肉店での修行を経て、2018年に祖父の代から続く和牛生産の道へ。「ボクらが食べたい但馬牛」をコンセプトに掲げ、神戸ビーフや自社ブランド“純但馬うすなが牛”を育てている。焼肉店やハンバーグ専門店などの飲食店経営や海外向けの販売も積極的に展開中。

「継ぎたくない」気持ちに変化が訪れた背景

今では牧場の責任者として現在500頭の牛を育てている碓永さん。しかし、もともと家業を継ぐつもりはなかったそうです。

「家の横に牧場があって、小さい頃から何かといえば手伝わされていました。それが本当に嫌で。父たちから『牛飼いはもうからない』とたびたび聞かされていたのもあって、『誰がそんな仕事に就くか』と考えていました」

「昔は牛肉を食べるのも嫌いだった」とさえ語る碓永さん。そんな気持ちが少しずつ変わっていった、当時の出来事を振り返ります。

「学生のころ、弁当には必ず牛肉のおかずが入っていました。僕は飽き飽きしていたので友だちによくあげていたんですが、みんなすごく喜んでくれたんですよ」

「消費者が食べて喜ぶ姿」を何度も目の当たりにした碓永さんは「これを商売にしたい」と感じるようになります。高校3年生になると焼肉店で修行に励む日々が始まりました。あえて家業ではなく飲食業を選んだのは「お客様の顔が見えて、声が届く環境でやってみたかった」から。その思いが原点になっています。

効率を追い求め、試行錯誤した日々

大学へ進んでからも焼肉店で働き続けた碓永さん。そのうちに「肉には必ず個体差がある」と気付き、その理由を知るために自身の手で牛の飼育も始めました。

しかし、当時の牧場は肥育のみを行っており、繁殖のノウハウは全くありませんでした。加えて「1年1産の常識さえ知らない状況」だったと振り返る碓永さん。ただ、畜産の現場とは離れた環境で牛肉に触れてきたことで、業界の課題をとらえる眼力が養われていました。

「但馬牛は狭い地域で改良されてきた品種なので、県内の生産農家は『但馬牛と和牛は別物』だと思っています。だから、県外で活用されている技術も通用しないという先入観がありました。ただ僕から見ると、それは効率の悪い方法だと感じたんです」

そうして但馬牛の生産効率化に取り組みはじめた碓永さん。育成方法のデータ化に取り掛かりました。

「この日は餌を増やしたとか、ビタミンをあげたとか細かく記録して、牛を増やしていくにしたがってデータを改良していきました。さっきの県外の技術が通用しないっていうのもそうですが、牛飼いの人って職人気質というか『感覚で仕事をするもの』という考えの人が多いんですよ。いい牛が出荷できたとしても、感覚で仕事してるので、良し悪しも分からないし、次の年も同じようにはできないですよね」

牛飼いなら当たり前の感覚や考え方も、素人だった碓永さんからすれば疑問だらけ。「牛飼いの当たり前」にとらわれず、独自の方法をどんどん取り入れていきます。その柔軟な考え方が、うすなが牧場の強みになっていきます。

その一つが県外の事例から取り入れた「受精卵移植(ET)」です。出産能力の高いホルスタインなどの母体へ但馬牛の受精卵を移植し、子牛を出産させるこの取り組みは、県内の但馬牛農家では成功事例がなかったそう。それだけに周囲の反対意見は多く、軌道に乗るまでは苦悩の連続でした。

「始めたころは、生まれた子牛の半分が死ぬ状況で、精神的にも参っていました。でもこれを実現できないと但馬牛を効率よく増やせませんから、『絶対やり遂げるしかない』という気持ちで試行錯誤しました」

今では死亡する子牛の数が「年間1~2頭くらい」になるまで劇的な改善を果たし、安定して子牛を産む土台が完成。「凡事徹底が全てだった」と振り返ります。

「水槽を毎日洗うとか、子牛同士の接触を防ぐとか、本当にそれだけ。牛舎を綺麗にして、人間の赤ちゃんのように大切に環境のいい場所で飼う。そんな当たり前のことを一つずつ徹底していきました」

人が人を呼ぶ労働環境と、背景にある信念

神戸うすなが牧場は「働く環境」が整っていることも特徴です。例えば前述した牛の育成データは従業員向けのマニュアルとして、「未経験者でも半年後には場長になれる」ように活用されています。

さらに碓永さんは、次々と従来の慣習にとらわれない仕組みを構築していきました。その一つが労働時間。この牧場では「勤務時間は8時から17時、週休2日制」という、極めて働きやすい環境が整えられています。

「畜産がブラックだと思われる最大の原因は人手不足。周りがやっていないことをやれば人も集まるだろうと。実際、働きやすい環境であることを魅力に感じて『ここで働きたい』という人が増えました」

さらに碓永さんは、将来独立を目指す牧場のメンバーに、牛舎の一角を貸し出す取り組みも積極的に行っています。牧場の経営者という視点から考えると利益の減少にもつながり、簡単に推奨できないようにも思えます。しかし、碓永さんは次のように考えています。

「『ここで働けば自分の牛を育てられる』となれば、それをきっかけに人が集まります。人材の採用が難しいこの業界では、それは大きなメリット。ぜひ独立を目指して働いてもらいたいし、自分ができる支援や協力は積極的にやっていきたい」

徹底した効率化や働く環境の整備に取り組むのは、「常に安定した価格で、自分たちの届けられる範囲で消費者に提供する」という信念があるからです。

碓永さんが経営するWagyu Jockeyのハンバーグ

「消費者のみなさんに神戸ビーフの魅力を知ってもらいたいからこそ、効率の悪い飼育をしてはいけない。どれだけいい牛肉でも値段が高いと手を出せませんから。『採算の合う牛作り』が僕らの目指すところで、そのバランスをうまく取ることが大切だと思っています」

また、自身が携わった経験も踏まえ、「飲食店がもうかる仕組みも欠かせない」といいます。

「相場に左右されない牛肉を生産し続けることが大切です。『あるときはキロ3000円でもあるときは5000円』なんて卸値だと飲食店は長続きできません。原価から逆算してそれに適した育て方をする。そんな企業努力にとことんこだわろうという考えも、取り組みのベースにあります」

1000頭の飼育を目指し、100%国産飼料と「循環」にもこだわる 

業界の常識にとらわれず走り続ける碓永さんの目は、さらに先を見据えています。

「当初は30歳になるころに1,000頭まで増やそうと計画していました。現在は自分は28歳で500頭ほど。コロナで足踏みした分だけ後ろ倒しになりましたが、自分が31~32歳のころには達成できる見込みです」

着実にステップアップを重ねているようですが、果たしてその道を阻む課題はあるのでしょうか。

「しいて挙げるなら、一般的に家畜の餌はほとんど外国産。外国の飼料に頼って生産した肉を和牛と呼ぶことに疑問を感じています。そこで4年ほど前から外国産になるべく頼らない飼料の生産に取り組み始めました。近隣で調達した酒粕、みりん粕などを配合しているほか、自分たちで栽培した米も使用しています。今は半分以上が国内産ですが、これをどう100%まで持っていくのか。それが今の課題です」

また、100%国産飼料の実現は、先ほど掲げた頭数の目標とも結びついています。

「頭数を増やすのは、『自分たちが作った餌でまかなえる範囲』でやる方針です。結局、牛を増やして困るのは堆肥のはけ口。牛から出た堆肥でお米を作って、お米を飼料に使って、その飼料で牛を育てる。そんな風に『循環』できる範囲で拡大していこうと考えています」

このような「循環」を重視する背景には、生産者と飲食業、そして消費者が欲する牛肉を作るという揺るぎない考えにつながっています。

「例えば、外国産の餌が何かの事情で輸入されなくなると、肉の値段が上がります。そうなると僕らが目指す『採算の合う牛作り』ができず、消費者の手に届かない牛肉、飲食店がもうからない牛肉になってしまうんです。だから、そのコンセプトだけは絶対ぶらさずにやっていきます」

裏側にある「全ては人」という思い

飲食店経営や輸出事業にも精力的に取り組む一方で、現在はある大きな構想を描いている最中です。

「現在は分散して運営している牧場を、3年後には集約させる計画です。新しい牧場では、訪れた人が車を走らせながら飼育の様子を見学できるサファリパークのような取り組みを考えています。国内はもちろん外国から来た人にも、神戸ビーフが育てられている環境を見てもらって、大切に育てたお肉をその場で食べてもらう。そんな体験をしてもらいたいです」

「この構想が実現できれば、牛飼いや畜産業界全体の価値を高めることにもつながる」と見すえる碓永さん。取り組みが回り回って、「牛を育てたい」や「ここで働きたい」とつながることも一つの望みだといいます。人手不足という慢性的な課題の解決に、今後も型にとらわれない手法で尽力する考えです。

「人が人を呼んで、いい環境を作って、優秀な牛を育てる。やっぱり一番大切なのは人。それが全てです」

// この人の職場

神戸うすなが牧場

和牛繁殖肥育 兵庫県すべての都道府県
  • #和牛
  • #一貫飼育
  • #六次化
  • #若手が活躍
詳しく見る