第19回農高アカデミー「女性経営者、日本一のブランドを作るための挑戦」
この記事の登場人物
平井 和恵京都丹波牧場
畜産を勉強中の全国の高校生、大学生、食に興味のある学生たちがオンラインで集まり、学び合う「つながる農高プロジェクト」。第19回農高アカデミー(1月27日実施)は、京都で明治元年から150年以上の歴史を持つ京都丹波牧場の5代目・平井和恵さんをゲストにお迎えしました。肥育へのこだわり、日本一のブランド作りに対する想いをお聞きしました。
//ゲスト紹介
平井 和恵 京都丹波牧場
京都丹波牧場 代表取締役 京都府南丹市で明治元年から続く京都丹波牧場の5代目。京都の黒毛和牛「平井牛」を繁殖から肥育まで一貫して行っています。東京の企業で働いたのち、家業を継ぐため2010年に入社。2019年から代表となり、平井牛を日本一の黒毛和牛にするため邁進中。
もくじ
Part1:まずは京都丹波牧場のプロフィールから
平井 京都丹波牧場は肥育がメインの黒毛和牛の牧場を京都と北海道で経営しています。今は京都で1200頭ほど、北海道で900頭ほど肥育しています。2019年12月から京都の牧場で繁殖をスタートしました。今は月に10頭ほどの子牛が生まれていて、肥育まで自社で行い、出荷をしています。昨年からは自社販売も始め、特に自家産の牛を「平井牛」として販売しています。
私は5代目になるのですが、父を2019年6月に交通事故で突然亡くして、そこから代表になりました。大学や就職先はまったく農業とは関係のない業界に携わっていたので、今日は他業界から畜産業界に来て感じていることや考えていることもお話できるといいなと思っています。
Part2:京都丹波牧場の歴史を聞かせてください!
平井 明治元年から、実際には江戸時代の末期から肉用牛の肥育をしてきました。昔は京都府下の5、6ヶ所で子牛の家畜市場が開かれていて、中でも今でも続いている福知山では乳牛から和牛まで、5000頭ほどの牛が集まる日本最大規模の家畜市場が開かれていたと聞いています。
当時、子牛のセリはお祭りで、小学校は休みになって、農家さんたちはお団子を作ったり市場には屋台が出たりしていたそうです。40、50年前のNHKの映像で、父が20代の頃に手競りしている様子が映っていたのを見たことがあります。父は生涯を牛に費やした男でした。
…突然牧場を継承することになった時は、いかがでしたか?
平井 父は過去に買った子牛のこともあれは誰々さんからいくらで買ったとか、1000頭くらいの牛ことを全部記憶しているような、スーパーマンみたいな人だったんです。経営面も全部一人でしていたのですべてが父の頭の中にあって、突然亡くなってしまうと誰にも聞く人がおらず、それが本当に大変でした。
その後繁殖を始めて、私自身まったく知識がない状態だったので、とにかく目の前の牛と向き合って朝から夜まで現場に入り、合間で経営のことをしてという日々を最初の2年半ほどは続けていました。まだ5年ほど経ったところなので、今も継続して大変な状況ではありますが、鹿児島の繁殖農家の上別府美由紀さんや美由紀さんが紹介してくださった今牧場のコンサルをしてくださっている獣医師の伏見康生先生、伏見先生が紹介してくださった繁殖のスーパーマンのような才藤場長など、みんなに支えられながら何とか進んできました。
協力してくださる人が増えたので、やっと新しいことにチャレンジする気持ちが生まれ、平井牛のブランド化に向けて動き出したところです。
Part3:受け継いできた肥育へのこだわりは?
平井 大きくは二つあって、一つは、いつも父が言っていたのが、「牛は我が子と思え」ということでした。口のきけない赤ちゃんと同じで、言葉で言えないから人間がそれをわかって世話をしてあげる必要があって、そうしないと牛は良くならないということ。もう一つは、牛はお肉になるために生まれてきているので、「美味しくてかつ体に良くないと意味がない」ということ。だから京都丹波牧場のお肉は、美味しくて滋養に良いと言えるように育てています。脂の融点は30ヶ月を目安に低くなるので、30ヶ月以上の肥育を行なっています。
Part4:繁殖から肥育まで一貫で行うメリットはどこにある?
平井 繁殖を始めたきっかけは、コストの削減でした。10年ほど前から子牛の値段が急激に高くなっていて、1頭が80〜90万円、100万円を超えることも珍しくなかったんです。そこで、自社で産ませて、50〜60万円でコストを抑えようという考えがありました。さらに、一貫して育てることで、自分たちの望む血統を作ることができます。子牛を買った場合、そこまでどんな育てられ方をしていたのか、母牛の管理をどうしていたかは見えません。自分たちで育てると、子牛の間にしっかりと草を食べさせて胃袋作りをするとか、3ヶ月までは母牛の母乳を飲ませて健康に育てるなど、自分たちの求めている子牛を作ることができることも大きなメリットです。
Part5:異業種から畜産業界に入ったからこそ見えることはありますか?
平井 いつか実家を継ぐかなという気持ちではいましたが、社会をいろいろ見てみたいという思いから、私は大学は社会学部に進み、東京のリクルート社に就職しました。だから畜産業界に入って、買ってくれるお客様に対して生産者の立場が弱いことなど、畜産業界の当たり前は私から見ると驚くことばかりでした。2年以上こんなに苦労して育てた牛を売るということには誇りを持って、お客さんに対しても言うべきことは言わなければいけない。値段は私たちが育ててきたことの総合評価だと思うので、そこでどう価値をつけるか、値段交渉は私の最大の仕事だと思っています。
京都丹波牧場では月に40頭出荷するうちの、自社での繁殖は月10頭、あとの30頭は子牛を市場から導入しています。今、繁殖農家さんの子牛も値段が落ちていますが、私は基本的には高値で買っています。良いものを高く買うことは、当然だと思っているからです。ただ、子牛を高く買ったけど肥育して安くでしか売れませんでしたでは経営として成り立たないので、価値のあるものを買って、自分たちが想いを込めて育てて、売る時にはしっかりと値段をつけて売るということは、業界の循環にもつながると思っています。
Part6:日本一のブランドへの想いを聞かせてください。
平井 やっぱり特別な日には「平井牛を使いたい」と選んでいただけるブランド、食べて美味しくて、体にいい、自分も家族も、自分の大事な人も美味しく食卓を囲めて健康になってもらえるブランドにしたいと思っています。
「ブランド牛」と聞くと、地域を思い浮かべる方が多いと思うんです。但馬牛とか松阪牛とか、飛騨牛とか近江牛とか。でも同じブランドでも育てている肥育農家さんはたくさんいて、それぞれで餌も違うし、育て方も異なります。それを一括りにしてしまって、本当にクオリティが保てるのか、私には疑問でした。京都は土地柄、周りに名だたるブランドが連なっているため、京都牛というブランドがなかなか浸透しないという背景もあります。京都牛を盛り上げたいという気持ちは今もありますが、自分たちが作った牛であることを京都丹波牧場のストーリーとともに伝えていきたいと思っています。
…牧場のストーリーを伝えるために、どんなことをしていますか?
平井 一頭買いで買ってくださるお客様と協力して、その先の料理人の方と話したり、消費者の手に渡るスーパーの店頭に立ち、コミュニケーションを取るといった地道な活動を続けています。料理人も意識の高い方々は、牛がどんな環境で育ったのかといったストーリーを知りたいと思ってくださっているんです。
…平井さんご自身が料理人の声を聞くことでどんな良いことがありますか?
平井 良いことは本当にたくさんあります。フランスのシャンパーニュ地方で作られるシャンパンの生産者って、自分たちの商品のことをとめどなく語れるんです。これは樹齢何年の木から採れたどんなブドウで作って、香りはカシスとバニラと何々の草の香りがして…など、表現が本当に豊かです。それは生産者である私たちにとってとても大事なことで、餌のことや育て方のことなど、言えることはたくさんあるはずなのですが、何が消費者に響くポイントかがわからなかったりするんです。料理人の方と話すことで、何が自分たちの強みなのかを知ることができます。それは、牧場の中で働いているだけではわからないことかなと思っています。
…2017年に仙台で開催された全国和牛能力共進会(全共)の際には肥育部門で2位と5位を取るなど、これまで数々の賞を受賞されていますが、そのあたりは今後どう考えておられますか?
平井 共励会などで受賞して高く売れると従業員にも還元できますし、モチベーションにもつながります。だからこれからも頑張りたいと思っています。ただ、今は血統の改良が進んで、ある程度血統の力でサシが入って枝肉重量が取れる牛ができるようになりました。
果たしてそれが本当に美味しいのかというと、また別の話だと最近は特に思っていて。だから日頃から大事なことは、“美味しいお肉を作ること”だと考えています。
Part7:従業員にはどんなことを求めますか?
平井 私たちの仕事は一頭一頭の牛の命を守ることですから、京都丹波牧場に来たら、やってもらうことは非常に多いです。それに対して全力で携わりたいと思っている人、そこで成長したいと思っている人にはとても合っていると思います。私はこの先他の牧場で働いたとしても通用する社会人に育って欲しいと思っています。
…どんな人が成長しますか?
平井 やっぱり素直な方です。言われたことをとりあえず信じてやってみること。面倒だなと思うことでも素直に受け止めてする人は、いつか段取りよくできるようになって、必ずその先に見えるものがあります。すると次に誰かを助けてあげることができるようになります。自分の当たり前のレベルを上げていくと、その先に必ず自分の成長があるから続けて欲しいと従業員にはいつも伝えています。
…女性でこの業界に入ることの壁などは感じますか?
平井 最初は餌や車輌、重機などいろいろな業者さんと関わって仕事をする中で、女性だから甘く見られているのかなと感じることもありました。でもそこは、自分自身が対応できる経験と知識を持っていけば何とかなると思っています。女性で一番難しいなと感じるのが、命を扱う仕事であること。最終的には出荷して死にゴールを持っていく仕事を女性がするということ自体が難しいなと思っていて、これはずっと私の中で考えている課題ではあります。もちろん男性だから割り切れるということではないとは思うのですが、子供を産み、命を生み出す女性にはやはり難しいことだなと感じます。だからこそ、出荷のギリギリまで、私たちにできる限りのことをしてあげたいと思っています。
…具体的にどんなことをしてあげていますか?
平井 例えば肥育では、「クロストリジウム」という感染症があって、もともとどの牛でも持っている菌なのですが、何かのきっかけで一気に増殖して突然死してしまうんです。私たちは何か嫌なことがあるからその菌が増殖するのだと考え、それを「自虐スイッチ」と呼んでいます。
例えば背中がかゆいのに誰も掻いてくれないから必死にこすりつけているうちにひっくり返ってしまったとか、足が痛くて餌箱まで行くのもつらいとか。だから、私たちは従業員も含めて皆が、いかに日頃の牛の訴えに気づいてあげられるかを大事にして一頭一頭と接するようにしています。
参加メンバーからゲスト・平井さんへ質問
Q.高校生の平井さんにとって牛はどんな存在だった?
私は高校に入って牛に関わるようになって命の神秘を知るようになりました。高校生の頃の平井さんにとって牛はどんな存在でしたか?
平井 小学生とか幼稚園生の頃は、馬やヤギもいたので、しょっちゅう牧場に遊びに行っていたのですが、牛舎と住まいが離れたところにあったので、高校生になると受験勉強や塾などで忙しくなってしまって、週末に牛舎に行って触れるぐらいしかありませんでした。だから命に触れて本当に神秘的だなと感じるようになったのは、この5年ほど、繁殖を始めてからです。
Q.ブランド確立のために一番大切にしていることは?
大変なお仕事だけど、平井さんが牛が本当に好きなんだなというのが伝わってきました。
平井さんがブランド確立のために一番大切だと思っていることは何ですか?
平井 ありがとうございます。おっしゃる通り、私は世の中の生き物で牛が一番美しくて尊くて素晴らしいと思っています。
一番大切にしていることは、どんなブランドにも通じると思うのですが、そのストーリーが本物であるかどうかです。本当に価値があるんだよ、本当に大事に育てられているんだよというのは、そこに本当の涙や苦労がないと話せません。
私が自信を持って通常のお肉より高い値段でお客さんに売れるのは、まだ他に何かないか、つらい思いをしている牛がいないかと見回りをしてくれる副場長とか、一頭も殺さないという想いで、自分の口で人工呼吸をして息の止まっている子牛を生き返らせてくれる場長、地道に一生懸命頑張ってくれている従業員たちがいるからこそなんです。だから本物の価値を見出していくことがブランド作りに一番大事なことなのかなと思っています。
Q.どのようにして従業員と想いを共有している?
牧場を引き継いでからの5年、本当に苦労の中で成長してこられたんだなと思い、大人の私でもお話を聞いていて背筋が伸びる思いがしました。従業員にも同じ考えを持ってもらうのは大変なことだと思いますが、それについてはどう取り組まれていますか?
平井 どうしても考え方が合わない方が離れてしまうことは実際あります。だから最近は、面接でしっかりとこちらの想いを伝えて、本当に大変だから、この仕事をたとえしたかったとしても、他の牧場に行った方がきっと楽だよということも正直に話し、できるだけミスマッチを起こさないようにしています。共感してもらえる人しか入らないし、残っていかないのかなと思っています。
学生へのメッセージ
自分の話が皆さんにどう響くのか最初は不安でしたが、たくさん質問もいただいて、私も身の引き締まる思いがしました。皆さんはまだ頭も柔軟だし、いろんなことを吸収できると思います。仕事となった時に、どれだけ牛に、会社に自分の価値を提供できるか。自分の存在を大切にしてください。そして牛に携わる人には牛の声を一つでも二つでも聴けるようになって欲しいですし、それを今から積み重ねていって欲しいなと思います。