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お肉の解体現場も教育に。焼肉屋併設の食育保育園「さとのやま保育園」

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この記事の登場人物

楠本 貞愛
株式会社 さとのやま保育園
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生まれてはじめて「料理」をしたのは、いつだろう。家でのお手伝いだったかな。小学校の家庭科の授業だったかな。いずれにしても、はじめての「料理」って、ひとりではなく誰かとだったなあ、と思い返します。

下ごしらえして、調理して、食べて、片付ける。材料や道具、食器を大切にする。当時はあまり意識してなかったけれど、幼いころの「料理」の時間は、誰かと協力することの意味、ものごとへの感謝を学ぶ時間、つまり、生きる上でのいろんな土台が詰まった時間だったように思います。

さて。そんな「料理」や「食」が、日々の活動の中心に存在している保育園があります。焼肉屋さんが運営している「さとのやま保育園」。今回はその現場を訪れ、取材をしてきました。

命をつなぐ現場が見られる焼肉屋「南山」

はじめまして、しまだあやです。普段はエッセイを書くお仕事をしています。

今日は「焼肉屋さんが運営している、すごい保育園がある」というウワサを聞きつけ、京都・左京区にある「さとのやま保育園」と「焼肉 南山」にお邪魔します。

見てください、このGoogle マップを。たまたま隣に……とかじゃないんです。同じ敷地内に、ホントに保育園と焼肉屋があるんです。

そしてこちらは、今回お話をうかがう楠本 貞愛(くすもと ていあい)さん。「株式会社さとのやま保育園」と「焼肉 南山」を運営する「株式会社きたやま南山」の会長をされています。

 焼肉屋さんに併設されている保育園があると聞いて、びっくりしました! 今日は聞きたいことがたくさんあるんですが、まずはここ、一体どんな場所なんでしょうか?

 そうですね、見てもらったほうが伝わると思うので、まずはうちのツアーをしましょうか!

 ぜひお願いします!

と、歩きはじめた先にいきなり、巨大な肉の塊!!

 わ……こんな塊のお肉、見たのはじめてです。

 今いるのは南山本店の地下で、「ギューテロワール※」という施設です。ひとつの敷地の中に、焼肉屋「南山」と、「南山本店 ギューテロワール」、「さとのやま保育園」が入った複合ビルがあるんです。大きな肉の塊が吊るされているこれは、お肉を熟成している冷蔵庫。うちはこの場所で、枝肉の解体もやってるんです。おいしそうでしょ?

※ギューテロワール:牛+テロワール(土壌・生産背景)を意味する造語。

お肉の解体をされているのは、貞愛さんの次男で、「焼肉 南山」現社長の楠本公平さん。

 うーん……はじめて見たので、まだまだ塊! って感じがして……どっちかっていうと「きれいだなあ」とか「かっこいいなあ」という印象かも。

 あ、それは嬉しい! そう、お肉の解体は、かっこいいんです。ギューテロワールの上階に保育園はあるんですが、保育園の子どもたちも、たまに見に来てますよ。

 子どもたちも! こわがったり、泣いたりはしませんか?

 それが逆で。みんな、吸い込まれるように見てます。ご機嫌ナナメで泣いてる赤ちゃんも、お肉を解体してる様子を見せると、ピタッと泣き止んだりして。

たしかに、見れば見るほどいろんな職業に見えてきて面白い。整体師やお医者さんのようにも見えたり、彫刻アーティストやマジシャンのようにも見えたり……。

 お肉の解体は、昔は「隠すべき仕事」とされてきたんです。解体に限らず、畜産や屠畜(とちく)を取り扱うお仕事は、そんなところがありますよね。でも、それらのお仕事は、命をつなぐ誇らしいもの。もっとたくさんの人に見て、知ってもらいたいと思ってます。

食べることは、生きること。食育が日常の「さとのやま保育園」

お次は保育園へ。ここからは、園長先生にもお話をお伺いします。

保育園の中は、木のぬくもりがいっぱい。 椅子も机も、すべてがちっちゃくて、かわいい。それにしても、最近のおままごとグッズはリアルだなあ……いや、これは本物の鍋……?

 そうなんです。これは、みんなで給食を作ったり、食育活動のときに使うもので……透明なので、中で煮えたり炊けたりするときの、食材の変化がよくわかるんですよ。

 給食をみんなで作ることがあるんですね! しかも包丁まである。

 切れ味のいい子ども用ですね。3歳以上児クラスは、野菜はもちろん、アジの三枚おろしなんかも、これを使って、みんなでやりますよ。

 3歳児がアジの三枚おろし! すごい……教えてもらいたい……。

 他にも、テラスで育てたお野菜を給食の食材として使ったり、梅シロップや、自分たちが給食で食べるための味噌を仕込んだり……春・夏・秋・冬を「食」を通して感じていくんです。

 こうして、日々の活動の中で料理をするので、子どもたちにとって「料理」は特別なものではなくて。むしろ、「料理」や「食」が生活の真ん中にあるんですよ。

 すごい……! おうちでも料理を手伝うお子さん、多そうだなあ。これだけ食にふれあってたら、「将来はコックさんになりたい!」って声も多いんですか?

 どうかなあ? でも子どもたちは、さとのやま保育園へ通う中で、保育士の姿や、調理士、そして南山の肉職人など、いろんな大人の働く姿を見たり、体験しています。それらが子どもたちにとって、ひとつの選択肢となったら嬉しいですね!

 さとのやま保育園には、もうひとつ自慢の特徴があって。生活発表会が、毎回とっても感動するんです。「さとのやまライブクッキング」っていうんですけども……

 ライブクッキング……?

 まず、1歳の子たちが、豆腐をぐちゃぐちゃ混ぜて団子汁のもとを作ります。2歳は野菜の皮むき、3歳以上は包丁で野菜を切って団子汁を完成させ、ハンバーグを種から作って焼き上げ、盛り付けます。そして最後は、保護者も一緒に加わって、団子汁とハンバーグを輪になって食べるんです。

 生きる上で大事なことがてんこ盛りの行事……!

 じゃあ、ここでクイズ。子どもたちがこの行事に向けて、ハンバーグ作りを練習したとき、完成後すぐには食べなかったんです。どうしたと思います?

 えっ? も、「もったいなくて食べられない!」とか……?

 いいえ。ヒント、誰かに食べさせようとしたんです。

 あ、わかった、保育士さんたちだ!

 そう思うでしょ? 違うんです。ミンチを作るところを見せてくれた南山の「お肉屋さん」のところへ持って行ったんです!

 うわ、それってすごいことじゃないですか?! ハンバーグのもとを辿った先を知らないと、なおかつ、その仕事をリスペクトしてないと、なかなかできない行動!

 そうなんです! もう、大人みんなで、めちゃくちゃ感動しちゃって……!

話しているうちに、なんだかいい匂いが。選りすぐりの食材を使った、子どもたちのお昼ごはんです。今日の献立は、ちぎりパン、マッシュポテト、煮込みハンバーグ、そしてスープ。保育園の中には大きな厨房があり、そこで作られています。ごはんもおやつも、毎日できたてほやほや。「いただきまーす!」と、子どもたちの明るい声が、聞こえてきました。

なぜ、焼肉屋と保育園なのか?「豊かさのものさしを変えていきたい」

 給食がおいしそうすぎて、めちゃくちゃはらぺこな気持ちなんですが、もう少し、お話を聞かせてください。

 もちろんです。終わったら、ぜひ「焼肉 南山」で食べてってください。今日はめずらしいお肉も入ってますよ。

 やったー! いいお肉ー!

 しまださん、これは私の、お肉に対する想いとも重なる話なんですが……しまださんは、「いいお肉」と聞いて、どんなイメージがありますか?

 えっと……、白とピンクのまだら模様の霜降りで……テレビでよく聞く言葉で言うと、「口にいれただけで溶ける」とか「お箸で切れる」とか……?

 うんうん。そうですよね。 今、牛肉は、「サシ」と呼ばれる脂身の量で等級が決まるんです。「A5」とかで表されてる、あれですね。 

あ、でも私最近、霜降り系があんまり食べられないんですよ……牛にしても豚にしても、高いお肉は脂が多くて、1~2枚でもういいかな、って。だから最近は赤身ばっかり買ってます。安いし、こっちのほうがおいしいかも?って。

 じゃあぜひ、うちのマイナーな赤身牛を食べていただきたい!

 マイナー……? どんなお肉なんですか?

 できるだけ放牧され、牧草や自給飼料で育った牛たちです。牛は本来、草を食べて生きる動物。自由で自然な環境で育った牛の赤身は、栄養価も高くてとってもおいしいんですよ。

 うちは、グラスフェッドの経産牛、マザービーフも人気です。子どもを生んだ牛は味が落ちると言う人もいますが、正しく育った牛であれば、そんなことは全くありません。大地をたくさん耕して、子どもをたくさん生んでくれて、健やかに子育てをして……私たちは、そうして生を全うした「お母さん牛」をおいしくいただくことも大切にしています。

 他にも、農業高校や大学と連携して、学生たちが育てた牛だったり。北海道で完全自然放牧で育った牛だったり。南山オリジナルの「京たんくろ和牛」も、牛たちの健康を第一に、育てています。

 どんな人が育てたのか、牛たちがどんな風に生きたのかを、とっても大切にしてるんですね。豊かだなあ……。

 そう。私たちはこの牛肉の価値基準を、ひいては「豊かさのものさし」を変えていきたいんです。

 「豊かさのものさし」……ぜひ詳しく聞かせてください。

 まず、牛肉の価値基準の話なのですが……
今、「いい肉」とされているのは霜降り肉です。その評価基準で市場が動いているので、霜降り肉になる黒毛和牛ばかりが増えています。反対に、放牧に強い日本短角牛や褐毛(あかげ)和牛は減少する一方で……。

私はこの、お肉に対しての価値基準が、そもそも変だな、と思っています。霜降り肉を作るために、牛たちは草以外のエサ(穀物飼料)でどんどん太らされたり。コストを下げるために大量の穀物飼料が輸入され、一頭あたりの飼育面積が狭められたり。牛たちにとっても、これはとても不自然なことです。

 牛たち、相当なストレスだろうなあ……。

 そうなんです。そんなストレスと脂身だらけのお肉が高いという今の基準は、牛たちはもちろん、人間にとっても全く優しくないと思っています。

 あと今って、 飼育場が増えたことによる森林破壊とか、牛の排出するメタンガスが地球温暖化の原因だとか……牛を食べること自体が悪ではないと思いつつも、肉を食べること気にしている友達が周りに多いので、そういう面も気になっていて。

 そうですね……ここにもゆがんだお肉の価値基準と、そもそもの畜産への誤解があります。人口増加に比例して牛の頭数も増えているだけなのに、牛肉への批判がやたら目について、私はすごく悔しい気持ちです。しまださん、牛の胃が4つあることはご存知ですか?

 はい、動物の図鑑で見て、知ってました。

 牛たちは人の食料にはならない牧草を食べて、あの巨大な4つの発酵タンクで微生物を養い、結果、あれだけの大きな肉になってくれるんですよ。古来、人間は狩りをして、お肉を食べて生きていましたよね。動物の肉は、私たちの血液や筋肉となる大切な源。そして、人間が野菜や穀物を食べることができる、これもまた動物たちが炭素循環を担ってくれているおかげです。

 種子が運ばれたり、土が耕されたり、そういう循環もありますよね。

 はい。私たちはそもそも、動物たちがいてはじめて、いろんな食の恩恵を受けられています。これは、地球にとって自然なこと。ずっとこのカタチで歩んできたんですから。地球温暖化ガスは、エネルギーを大量消費する人間が増えたことが原因なのに、昔からいた家畜のゲップまで排出量に加えるなんて、ちょっとひどすぎるなあと思っています。

 私は、お肉となる牛を育ててくださる方、屠畜(とちく)してくださる方、そして運んでくださる方のことも、大切だし応援したい。でも、牛の育て方や「いいお肉」の基準など、長年かけて固まってしまったルールは、ちょっとやそっとじゃ変わらない。じゃあどうすれば?って思って取り組んでいるのが、この場所のすべてなんです。

 たとえば、消費者のみなさんに、牛の正しい価値を伝えること。「焼肉 南山」で、グラスフェッドやマザービーフの存在やおいしさを知ってもらったり。地下のマルシェで、本当にいい商品を手に取ってもらったり。料理イベントや、環境のことを考えるイベントを開いたり。

 それから、業界の担い手を育てて、その仕事を誇りに思ってもらうこと。この場所で肉職人の研修をしたり、農業高校生や大学生たちとも交流したり。農家さんたちのネットワークを作って、勉強会を開いたり。

 なるほど……すべてが繋がってきました! 今日、ここで解体の様子を見て「かっこいいな」と思った子どもが、いつか担い手になる可能性だってある……ああ、だから「さとのやま保育園」なんですね!?

 はい。ここで働くスタッフのための保育園を……というのもありましたが、大きくは、農家さんや地球の未来に向けて考えたときに、10年後、20年後の食の担い手を育てる方が早い、って思ったんです。

食の大切さや正しい知識を、日常の中で育みたい。子どもたちだけじゃない。親御さんたちも、食べにきてくださるお客さんたちも。もちろん、ここにいるスタッフみんなも。

 私たちがやっていることって、もう、めちゃくちゃ小さなことなんですよね。どれくらい影響があるかっていうと、1%……いや、0.1%もいかないこと。でも、0%じゃなければ希望はある。続けていく意味はあるな、って。それにね、昨年の卒園式では、子どもたちに南山のペアチケットをプレゼントしたんです。「10年後、大切な人と来てね」って。子どもたちが大人になっても帰ってきたくなる場でありたい、この子たちから認めてもらえるように頑張りたい、って思っています。

食べ物のエピソードを知ると、毎日もっと心が動く

最後に、「焼肉 南山」でお肉をいただきました。南山オリジナルの「京たんくろ和牛」、グラスフェッドの「草熟北里八雲牛」……お皿の上のひとつひとつに、農家さんのエピソードがある。大げさではなく、お肉が牛たちに見えてきた。

中でも、私が一番おいしく感じたのが「農芸マザービーフ※」。農芸高校の生徒たちが育てたお母さん牛。子どもを11頭も生んで、子育て上手なママだったらしい。たいせつな、本当にたいせつなものをいただいた。泣きながら焼肉を食べたの、はじめてだったな。

※農芸マザービーフ:大阪農芸高校の生徒が、地域のワイン粕などを利用する「エコフィード再肥育」で育てたマザービーフ。

こんな風に書いてるけれど、もしかしたら数週間後には、何も考えずに家族とワイワイ、おうちで焼肉してるかもしれない。でも、最後の一口を食べるとき、あるいは家族のお皿を洗うとき、ふと、「ああ、豊かだなあ」と感じるんだろうなあ。

貞愛さんのお話を聞いて、「焼肉 南山」や「さとのやま保育園」のみなさんとふれあって、毎日食べているものの価値が、何倍にも膨らみました。今日はみなさんも、それぞれの豊かさのものさし、考えてみませんか?

編集:ヒラヤマヤスコ
撮影:古賀亮平
企画:人間編集部

この記事を書いた人しまだあや(島田彩)

エッセイを書く作家活動を中心に、企画やMCなど。大阪生まれ、奈良暮らし。寝室以外の94%を、地元の10~20代に開放する生活をしている。代表作品に「今週末の日曜日、ユニクロで白T買って泣く」、「7日後に死ぬカニ」、「小学1年生ぶりに、父の前で真っ裸になった話」。
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