福島畜産業界、女性役員の情熱を支えた旦那様とのストーリー | どっこいしょニッポン

福島畜産業界、女性役員の情熱を支えた旦那様とのストーリー

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素晴らしいリーダーのそばには、必ず素晴らしいパートナーの存在があるもの。

今回は、福島畜産業界を引っ張る女性リーダー・国馬(こくま)ヨウ子さんにお話を聞きました。畜産に携わっている人なら、一度はこの方の活躍を耳にしたことがあるかもしれません。

彼女の活躍を支えてきたのは、いつも彼女をあたたかく見守る旦那様の存在。

伝えるべきことを伝えるべき時に伝え、パートナーの話に耳を傾ける大切さ。互いに尊敬と感謝の気持ちを持ち、運命共同体として生きることの素晴らしさ。国馬さんのお話を通して、夫婦像のひとつの理想が垣間見えます。

今回は、国馬ヨウ子さんと旦那様とのエピソードをご紹介します。

 

「私を理解してくれているお父さんには、本当に感謝している。」

福島畜産業界の女性リーダー国馬ヨウ子さん

「わははははっ!」

国馬ヨウ子さん(以下、国馬さん)とお会いした第一印象は、笑顔と笑い声の絶えない人。

インタビュー中、終始、大きな笑い声がリビングに広がります。そしてテーブルには、わたしたちをもてなすために手作りしてくださった美味しそうな料理がずらり。

国馬さんの愛情を感じずに入られません。

そんな中、国馬さんは、良く通る力強い声でたくさんの貴重なお話をしてくださいます。その中で最も印象的なのは、国馬さんと旦那様(以下、お父さん)とのエピソードです。

国馬さんご夫妻

国馬さんが結婚して国馬家にやって来たのは、18歳のとき。

「お父さんが一人っ子だったという理由もあり、私が18歳で農家に嫁ぐことになりました。当時は朝から晩まで働かなきゃいけないのは正直つらくて嫌だなぁという思いがあったんです。東京への憧れもありましたし。」

現在では福島県の畜産業界の女性の先頭に立ってご活躍されている国馬さんですが、意外にも、嫁いだ当初は決して畜産業に意欲的ではなかったそうです。

「でもそれから54年経って、ここまで来られたことが、今更ながら幸せなんです。」

たくさんの苦労を経験されながらもそう感じられるのは、ひとえに「お父さんのおかげ」とのこと。

 

「お父さんは、私を放牧してストレスフリーにしてくれるんです(笑)」

国馬さんが飼育している牛

もちろん国馬さんも、畜産家(和牛繁殖農家)です。

お二人の牧場は、建物の隅から隅まで手作り。必要最低限な整備のみで、牛たちはほぼ放牧状態で育てられています。

この、ほとんど自然の状態で育てることで、牛にとってストレスフリーな環境を作っています。

国馬牧場の牛は放牧することにより、自由に行動し、日光浴や運動をすることからか、体のつくりも良く、事故率が低下するなど生産性の向上につながったとのことです。

国馬さんと牛

「“牛飼いは楽に楽しく“”がモットー」とおっしゃる国馬さんの考えが伝わってきます。

「牛たちが元気に跳ね回っている姿を見ると、こちらまでうれしくなって、“ここまでこれて良かったなぁ…”って思うんです。」

牛飼いを始めたころは、慣れない農家仕事に戸惑いもあったそうですが、牛たちの元気な様子を見ると日ごろの疲れも吹き飛んでしまうということです。

「農家は大変だけど、こんな楽しいことを味わえるのは、農家の特権!」

また、楽しく仕事ができているのは「お父さんが私のことをカバーしてくれてるし、自由にしてくれてるおかげ。本当に感謝しています。」と、国馬さんは語ります。

「お父さんには、本当に理解があったことに感謝しています。私たち世代の考え方では、女性が家を空けることは好ましく思われない時代でした。

女性がもし出かけられたとしても、行ったら怒れるかなぁとか、出かけたら出かけたで早く帰らなきゃいけないなぁとかそんな心配ばかり。お金ばっかり使って、また外へ出ていくのかって大声で怒る男性がほとんどだったので、そんな心配ばかり。

でも、そういうことをお父さんは一切言わなかった。今も、全国を講演したり、色々な方とお会い出来るのはお父さんの理解があるからこそ。お父さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱい。私は本当に、幸せ者なんです。」

国馬さんご夫婦

そう語る国馬さんの表情からは、お父さんに対する尊敬と感謝の念が見て取れました。ふとお父さんの方を見やると、同様に深い愛情と敬意をもってることが伝わってきました。

「お父さんは、私を放牧してストレスフリーにしてくれてるんです(笑)」

という冗談に、リビングはあたたかい笑い声に包まれました。

 

震災後の先行き不安な状況の中で国馬さんを救った、旦那様の言葉とは

国馬ヨウ子さん

3月11日、東北大震災の後。先が見えない状況の中、困り果てていた時期。

当時、東北を離れる人がたくさんいる中で、国馬さんも知人からの連絡があったそう。全国畜産横断いきいきネットワークで出会われた役員の一人の方が「私のところへ避難して来て。私の車で牛も連れてきていいから。」と連絡をくれたとのこと。そのご好意を本当に有難く思い、旦那様へ相談されたところ、

「船の船長は、船と命を共にすること。自分が仲間と共に頑張ることだよ。」

国馬さん

実はこのとき、惨状を前にして国馬さんは畜産家を辞めることも考えていたとのこと。しかし、この旦那様の言葉をきっかけに、簡単に辞めようと考えたこと、自分だけ助かろうと少しでも思ったことを反省し、

「私がみんなを引っ張る立場でいないといけない。」と思いとどまりました。

「きっかけはお父さん。その言葉で我に返り、ハッと気付かされました。この場所でずっと生活するんだという覚悟ができました。」

また、「お父さんのおかげで、未来が明るくなってきた気がしました。」とも、国馬さんは言います。

お父さんはいつも冷静にゆっくり落ち着いたトーンで自然の摂理を信じ、ゆっくり落ち着いたトーンで本質的な話をしてくれるといいます。

情熱な国馬さんと、それを支えるように、冷静なお父さんがいつも隣にいたのです。国馬さんの数々のご活躍は、この絶妙な夫婦バランスによるものなのでしょう。

ひとつの“夫婦の形”の理想といえる像が、そこにはありました。

笑顔の国馬さん

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この記事を書いた人松尾 慧

松尾 慧 某ファッション誌の編集、フリーライターを経て、株式会社トソシオに所属。 現在、Do it yourselfの精神を通して、DIYライフクリエーターが未来の暮らしの知恵を発信し共有するプラットフォーム、 DIYer(s)のエディターを担当。 プライベートは専ら日本酒探訪とフットサルに明け暮れる。

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