一代で地域を代表する養豚農家に!養豚農家の魅力と苦悩。そして可能性。 | どっこいしょニッポン

一代で地域を代表する養豚農家に!養豚農家の魅力と苦悩。そして可能性。

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新潟県新潟市南区で廃棄物処理業を事業とし、更には養豚業をおこなう有限会社キープクリーン。ちょっと特殊?な農家さんです。そもそもどういう経緯で養豚をはじめ、さらには地元でも有数の養豚農家になったのか。そこには地域との密着が深く関わっていました。どのような経緯があったのか、有限会社キープクリーン代表、小嶋さんに話を伺いました。

新潟県新潟市南区の冬景色

訪問した時(2月)は大雪でした。この時期に大雪は南区では珍しいとのこと。

雪に残っている足跡

新潟を代表する養豚農家になるきっかけ

有限会社キープクリーンの豚

越後平野の田園地帯の中で育てられた幻の霜降り豚肉として名を馳せる“夢味

豚(むーみーとん)”。こだわりのオリジナル飼料を与え、衛生管理を徹底したからこそ新潟県の名産品として知られています。このブランド豚が生まれる場所となった養豚場の沿革について聞いてみました。

しろねポークしろねポークと雪

夢味豚(むーみーとん)はしろねポークというブランド名で販売されています。

有限会社キープクリーン代表小嶋さん

「豚自体は祖父が飼っていたんです。子豚を売っていたりしていたのですが祖父が他界したあと、父親は養豚業をやらなかったんです。私自身も家を継ごうと思ってなかったんですが、やはり農家の子供だから農業高校に行けという形に。別の学校に行きたいと言ったけれど、親に決定権がありましたから。昔ならではのお決まりのコースに乗っかってしまった感じでしたね。」

まさかの否定的な意見からの始まりでしたが、農家の子供ならではの悩みなのかもしれません。

自分の意志とは裏腹に進みながらも一転、何がきっかけで養豚業にしっかりと関わるようになったのか。

「そんなことしているウチに1979年、アメリカに行ったんですよ。将来の養豚農家を背負ってくれるだろう若くて意思の強い若者を集め、アメリカの農業を学ばせたい、という流れがあって。アメリカに留学した時にお世話になった農場は豚を2000頭ほど飼っていたんですよ。牛も1000頭ぐらいいましたね。トウモロコシ畑も250ヘクタール(東京ドーム約50個分)。そこのマネージャーさんの自宅にホームステイさせてもらって1年半過ごしました。馬車馬かのごとく働いてましたよ(笑)。思えばこの出来事が人生を変えたなって思いますね。英語が喋れないのにその環境に置かれるなんて衝撃でしたから。」

今の時代で考えると映画のストーリーのような話。小嶋さんの信念を変えるきっかけとなったアメリカの農業の何がよかったのか。

「単純にカッコよかったんですよ。家も3階建のヴィクトリア調のデザイン。テレビもでかいし、地下室にはビリヤード台まで置いてあったんです。豚と牛を飼っているだけって、規模は違えどやっていることは変わりないのにカッコよく見えました。」

 

アメリカでの修業を終えて、いざ日本で。

有限会社キープクリーンの小嶋さん

「帰ったら俺もこういう風になるぜって思い、ひたすらどうやったら儲けられるのかを毎日考えてました。その時立てた目標が年収1000万円。ただ、計画もまとまらないままにあっという間に時が過ぎ去りましたね」

思いも固まり新潟に戻ってきて、目標に向けて出発。しかし・・・

「戻ってくると、行ったメンバーがノイローゼ気味に。夢と希望をアメリカで作ってきたのに、現実に戻った時のギャップに耐えられなかったみたいですね。なんで餌がこんな値段なんだって、アメリカの4倍もするの?って。餌の課題は大きかったですね。」

そんな折、役所で働いている友達から給食センターの焼却炉ができた話を耳にした小嶋さん。

「これはチャンスだなと思いましたね。豚は雑食動物だから、それを利用しようと。それから、徐々に軌道に乗りました。その時、ウチの養豚業の仕方としては餌屋さんから餌を買って、出荷するっていうマニュアルがあったんです。それを真面目にやってたんですが、効率が上がらない。この経験からマニュアル通りじゃなくても、豚は栄養や条件さえあればちゃんと育つな、と気付けましたね。」

このチャンスをきっかけに養豚だけではなく、廃棄物処理業を請け負うことになり、マニュアルに従っていてはできないことが起きてきます。

 

地域と繋がることで地域を代表する養豚農家に。

ブタの餌となる廃棄食パン

「キープクリーンは平成元年設立。産業廃棄物と一般廃棄物の収集運搬業だったんです。もともとは友人の父親の会社だったなど色々と裏話があるんですが、自分がやることになったんですよ。それから廃棄物処理会社だけど、養豚業もやっているという形になりました。当時で豚が1000頭ぐらいいましたね。」

さらに平成9年に食品リサイクル法ができ、かなりの追い風に。

「年間100トン以上廃棄を出す企業は内20%を燃料なり堆肥なりに再利用しなさいという法律ができたんです。特に新潟は大手の食品産業の会社が多かったので、引き合いが結構きたんです。とある工場からの廃棄物受け取りで毎日2トンあったことも。そのおかげで貯えができ余裕が生まれました。でも、そんな矢先、新潟県中越地震。その被害で工場が潰れてしまったので、受け入れも一気に減ってしまって本当に困りましたよね。それでも、また違う企業から煎餅を作る際にでる餅の処理に困っているという話を聞いて、受け入れの相談をさせてもらいました。それが色々とあって、結局ウチで受け入れさせてもらえることになったんですよ。今は一週間に5トンほど受け入れてますね。だから餌に輸入穀物をほとんど使ってないんです。地域に密着しているからこそ、自給率の問題はないと思っています。」

キープクリーンにある大脇式飼料撹拌機

「結局のところ何でも一緒だと思うんですけど、色々な方法があっても最終的に良ければいい話なんですよ。ダメなら辞めればいいし、儲かるところは儲かってる。やり方次第でいくらでも可能性はありますね。」

実質、一代で築き上げたキープクリーンでのビジネス。ただ全てが順当にいったわけではなく、絶え間ない努力や柔軟な考えがあって今の形にたどり着き、結果を残しています。

「プロ野球選手でも3割打てば良い方ですから、自分達だって色々ありますよ。」という小嶋さんの言葉が印象的です。

歩みはここで終わるわけではありません。新潟という土地に根付き、養豚を続ける小嶋さんの活動は今後も注目したいところです。

キープクリーンの小嶋さん一家

 

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(有)キープクリーン

きーぷくりーん

〒950-1416
新潟県新潟市南区西笠巻2114

この記事を書いた人松尾 慧

松尾 慧 某ファッション誌の編集、フリーライターを経て、株式会社トソシオに所属。 現在、Do it yourselfの精神を通して、DIYライフクリエーターが未来の暮らしの知恵を発信し共有するプラットフォーム、 DIYer(s)のエディターを担当。 プライベートは専ら日本酒探訪とフットサルに明け暮れる。

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