畜産×OOの掛け算で膨らむ可能性。和牛ティーチャーが目指す「新時代の牛飼い」
この記事の登場人物
和牛ティーチャーYoutubeやTiktok、Instagramなど合わせて約30万人(2024年1月時点)のフォロワーを有する畜産インフルエンサー「和牛ティーチャー」。ふだん見られない牛飼いの現場をリアルに伝える活動は、動物好きから畜産のプロまで幅広い支持を集めています。
和牛ティーチャーこと内山雄飛さんは、現在23歳で非農家の出身。自身を「まだまだ勉強中の身」だとしつつも、マルチな活躍を続けています。多種多様な活動の原動力や、活動の根源にある秘めた思いを聞きました。
// プロフィール
和牛ティーチャー・内山 雄飛
非農家の出身ながら畜産の道を志し、神戸市を拠点に但馬牛の飼育に取り組みはじめる。飼育と並行して始めたSNSで、牛を育てる様子や食肉となる過程などを配信中。但馬牛の飼育や自身が育てた牛肉の販売に加え、アパレルブランド「NOSE RING」や、但馬牛を使用したハンバーグ専門店「Wagyu Jockey」(共同経営)も展開している。
もくじ
「和牛ティーチャー」が誕生するまで
内山さんの出身校は兵庫県加西市に位置する播磨農業高校。当時は畜産ではなく作物について学び、のちに進学した農業大学校で畜産を専攻しました。卒業後も畜産の道へ進むことを模索していたと振り返ります。
「いろいろな牧場を見学して回りました。その中で、日本でも世界でも広く知られている但馬牛に魅力を感じ、自分の手で育てたいと思うようになったんです」
現在は、神戸うすなが牧場の一角を借り受け、自身の牛を育てている内山さん。「ここで牛を育てよう」と考えた背景には、この牧場が但馬牛を育てていること以外に、自身に大きな影響をもたらす人物との出会いもありました。
「牧場の代表を務める碓永芳輝さんが、但馬牛の育て方や牧場の運営方針について、『ここまで話すのか』と思うほどオープンにSNSで発信していたんです。実際に牧場へ足を運んで話を聞いて、『この人に付いていけば素晴らしい経験を積める』と感じました」
碓永さんとの出会いを経て、牛飼いの道を歩きはじめた一方で、実は当初からインフルエンサー“和牛ティーチャー”の構想も描いていたそうです。
「農業大学校を卒業して働きはじめる直前の3月に、碓永さんから任された子牛を育てる過程を配信すれば、畜産を知らない人への情報発信ができるし、何より自分自身の勉強にもなります。SNS活動を並行することは当初から考えていました」
牛を育てる楽しさを伝えつつ、己を高めるために動画を始めたと振り返る内山さん。さらにその奥には、日本の食料事情への憂いも含まれていました。内山さんが農業全体について勉強する中で気にかかったのが、近年問題視されている食品ロスの多さ。
「食べられない量を無理に作る必要はないと考えていて、日本で和牛を大切に育てる様子を発信しながらその考えも伝えていけたら」と、和牛ティーチャーとして活動するもう一つの目的を挙げました。
また、牛飼いとして働くのはこれが初めての経験ながらも、あえて“教師役”という役割を選んだのは、高校時代の経験も影響しているそうです。
「高校時代はお世辞にもいい学生とは言えず、怒られていた思い出ばかりです。でも振り返ってみると、当時の先生方が親身に向き合い続けてくれたからこそ、今の自分があるんだと思っています。その経験から、『先生みたいになりたい』とあこがれもあって“和牛ティーチャー”という名前で活動しています」
畜産インフルエンサーが伝える「牛飼いのリアル」
「配信を始めると、想像以上の反響がありました」と内山さん。どこか愛嬌のある表情をした牛が日々すくすく育っていく様子は、見る人の興味をひきつけてやみません。その一方で、内山さんは牛が病気にかかった様子や、と畜場へ出荷する様子も包み隠さず伝えています。
「畜産の現場では、裏の部分を一般の人から見えないようにすることが多いと感じています。その姿勢が、認知度が向上しなかったり、ブラックな印象を持たれたり、といったことにつながっているんじゃないかなと。だから自分はすべて包み隠さず見せるようにしています」
とはいえ、SNSの世界で注目度が高まれば、ネガティブなコメントが寄せられることも多々あるそう。「特に始めたばかりのころは『牛がかわいそう』という声が多かったですね」と明かす内山さんですが、「牛飼いのリアル」を伝えることはやめませんでした。
「それでも『見たい』と思ってくれる人に届ける、というのが僕のスタンスです。正直なところ今でも批判はありますが、それを覆いつくすほどのありがたいコメントをいただいています」
現在、総勢約30万人のフォロワー層には、「シンプルに動物好きの人が多い印象です」と語る一方で、「動物好き」から発展して具体的なアクションへとつながった例もあります。
「僕の動画を見て、『牛飼いになりました』や『農業系の学校に入りました』という声をいただいたり。ほかにも、動画に映った牛の耳標を手がかりに、農業高校生が見学や研修の問い合わせをしてくれることもありました」
また、和牛ティーチャーとして「牛飼いのリアル」を伝える活動は、フォロワーとの交流を通じて内山さん自身の成長へとつながるケースもあるそうです。
「フォロワーの中には経験豊富な牛飼いの人も多いんです。例えば、牛が病気になったことを配信すると、『こんな治療方法があるよ』とアドバイスをもらうこともあります。牛飼いになってまだ3年目で知らないことばかりですから、教えてもらったことは積極的に取り入れるようにしています」
「牛飼いとの掛け算」で広がる未来の可能性
内山さんの活動は、牛飼いとインフルエンサー以外にも幅広く展開しています。例えば、ECサイトで自身のオリジナルブランド「NOSE RING」のアパレル商品などを販売中。ブランドロゴのデザインは自ら手掛けたとのことで、その多才ぶりに驚かされます。
また、内山さんは「視聴者にも参加してほしい」との思いから、自身の育てた牛のイラストを描いたグッズを制作する際に、フォロワーから参加者を募るチャレンジも行いました。実際に、プロの彫刻家やイラストレーターが描いた個性豊かなグッズの数々は人気を博しています。
NOSE RINGを立ち上げたのは、「肉以外の毛や角、爪など、本来は廃棄されてしまうものに価値を持たせる」ことも目標の一つ。例えば、除角した牛の角をストラップに加工した商品を数量限定で販売しました。「今後はこのようなアクセサリー制作も力を入れていきたいです」と内山さんは意欲を見せています。
また、このECサイトでは自身が育てた牛肉の販売も数量限定で行い、過去2回の販売ではいずれも早期に予定数が完売したそうです。
「大半の人は牛がどうやって育って、牛肉になるのかを知りません。SNSで飼育風景を紹介して、ECサイトで販売することで、一連の流れが分かりますよね。命をいただいているということや、畜産農家の思いを少しでも知ってもらえればと思っています」。
そのほかにも、神戸うすなが牧場の碓永さんたちと共同で、但馬牛を使用したハンバーグ専門店「Wagyu Jockey」の経営にも携わっています。
これほど多彩な展開を行いつつも、「これからもSNSを軸にした和牛ティーチャーの活動は続けていくつもりです」と語る内山さん。今後は英語版の動画制作にも取り組み、海外に向けて和牛の魅力を発信することも視野に入れています。さらに将来は「20~30頭くらいの小規模で運営して、牧場に訪れた人が牛たちと触れ合える場所を作りたい」との夢を描いています。
最後に、これほど多彩な展開に取り組む背景に秘めた、ある思いを明かしてくれました。
「牛飼いになって改めて感じたことですが、牛を育てるには本当にお金がかかります。『どこかの牧場で修行していずれ独立を』と考えている人がいても、簡単には実現できないのが現実です。SNSをはじめとしたいろいろな活動を発信し続けているのは、『それでも夢をあきらめてほしくない』という思いがあるからなんです」
一つの考え方として「牛飼い×SNS」や「牛飼い×アパレル」のように、他の要素を掛け合わせていくことで「牛飼いの新たな可能性があるんじゃないか」と内山さんは感じています。
「僕の場合、牛飼いと掛け合わせている要素は、全て自分の趣味や興味から派生していったもの。例えばキャンプが趣味だから、『自然の中で牛と触れ合える場所を作ろう』という発想につながるんです」
牛飼いを極める選択肢だけでなく、他の道を自ら発信して「新時代の牛飼い」のモデルケースを示すことも、「和牛ティーチャー」がこれから力を入れていきたいポイントだといいます。これまで続けてきた多彩な展開に加え、これから牛飼いを目指す人材の可能性を広げ、ひいては農業全体に貢献すること目標に、自身の活動を発信し続けています。