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牛乳の消費拡大をめざし小麦を生産、そしてモルトを作り始めた。

  • #六次化

この記事の登場人物

佐々木 大輔
有限会社 希望農場
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根室管内は約18万頭の乳牛が飼育されている酪農王国。

「冷涼な気候だから畑作は向かない」として、牧草や飼料作物であるデントコーンを育てて、牛を飼い、乳を搾ってきた地域です。けれど、「ここで麦を作ったら牛乳の消費が増やせるかも」と考えて種を播き、その成功で地域にちょっとしたムーブメントを引き起こした酪農家がいます。それが、中標津町にある有限会社希望農場の代表、佐々木大輔さんです。

地域の食材を増やし、新たな食文化を創る

お話を伺ったのは10月後半。北海道の道東エリアでの小麦収穫は2カ月以上も前に終わり、これから大豆や小豆の収穫に入ろうかという頃です。まずは大豆畑に案内してもらいました。

「うちの大豆は全量、中標津納豆という製品になっています。JAの依頼で作り始めて、JAが納豆メーカーに加工をお願いしたら、すぐに連絡が来たんです。『なぜこの大豆はこんなに香りと甘さがあるんですか?』って。私は大豆を作り始めて一年目の素人だったので、『わかりません』と答えました。でも、長年牧草地だったところなので地力があるし、そもそもが冷涼な土地で寒暖差が大きい。そういったことが理由かもしれないと思っています」。

大豆畑の隣には、小豆畑が広がっていました。こちらは町内の菓子屋の商品「中標津あんぱん」の餡の原料になっているのだとか。

「大豆も小豆も、手間を掛けない栽培をしています。それでも、私一人の生産で町の人の一年分の納豆は作れるし、餡も同じです。地域の人にも喜ばれていますが、作れば『食べたい』といって地域に来てくれる人がいる。地域経済が活性化するんです」。

地元産の小麦が町の空気を変えた

畑作には向かないとされてきた中標津町で、大豆や小豆などの畑作物を作り始めた佐々木さん。最初に手掛けたのは小麦でした。

「ここは酪農の土地だから、牛乳消費拡大のために地域の組織で札幌に行って、牛乳を無料配布したりする取り組みがあるんです。でも『これで消費が増えるかなあ』と疑問でした。それに、コストをかけて作った牛乳を、わざわざ出向いて配るより、食べにきてもらうほうがいい。いろいろ考えるうちに、『小麦があれば、この土地の食文化が豊かになるんじゃないか』と思いつきました」。

空港がある中標津町は、道東観光の入り口の一つとなっています。けれど“通過の町”となっており、いかに滞在して町を楽しんでもらうかが課題となっていました。

「小麦があれば、チーズをのせたピッツアが作れる。1個1000円のチーズはなかなか売れませんが、ピッツアなら1000円で食べてもらえる。また、その他にもさまざまな加工品の可能性が生まれます。この土地の材料を使ってここで調理したもの、滞在して食べる理由があるものを作ることができる。2012年の春、その想いで小麦を蒔いたら、芽が出たんです」。

慌てて全道にいる仲間の元を走り回り、肥培管理を勉強して収穫にこぎ着けた佐々木さん。最初の年の小麦は決していい出来ではなかったそうですが、コストをかけて選別し、良品を地域の飲食店に持ち込んだそうです。

「そこから町の空気が変わりました。町内産の小麦粉という、できないと思ってみんなが諦めていたものができたんです。『動けば変わる』というムードが生まれました。あれも作れる、これもできるかも、と、加工業や商店の人たちが前のめりなっていきました。

「食文化には酒」でモルト製造を開始

地域の商工業者に原料を提供する一方で、「食文化にはアルコールが必要だ」と考えた佐々木さん。ビールの原料である大麦の種子を入手し、栽培に乗り出します。

「2年間、委託醸造でビールを造りました。そうこうするうちに、ジャパニーズウイスキーブームになった。調べてみると、その原料のモルト(麦芽)はほとんど海外産なんです。じゃあ国産のモルトを作れば差別化になるぞ、と」。

2017年、佐々木さんは大麦でのモルト製造を開始。根室管内にある蒸留所を依頼して原酒をテスト製造し、試飲もしました。

めちゃくちゃおいしい原酒ができてビックリしました。そのままでも商品化できるぐらいだったんです。これはいけると思い、2018年にモルト販売の会社を作りました」。

希望農場で生産した大麦を購入し、モルトに加工して販売する会社「中標津クラフトモルティングジャパン」の誕生です。

酪農と畑作の複合経営で食料を安定生産

気象の変化によって、小麦や大豆などが作れるようになってきた根室管内。佐々木さんのチャレンジをきっかけに年々、生産する農家が増えています。

「根室管内には、飼養頭数を賄うよりも多い牧草地があります。コストが掛かるので更新が滞り、雑草が多く混じっている。つまり、乳牛の生産パフォーマンスに繋がらない牧草地が多いんです。その改善のためには、畑作との輪作がいい」。

状態の悪い牧草地を耕して小麦を栽培し、その後に牧草地に戻せば、生産性を維持しつつ草地の更新ができる草地の草を食べる乳牛の生産性の向上にも繋がります。

「理想は、ドイツのような酪農と畑作の複合経営です。片方の調子が悪いときも、もう片方の売上で経営を支え、食料供給を継続できる。農業者は国民から農地を預かって食料を生産しているのですから、生産性を最大限に追求しつつ永続性を構築する務めがあると考えています」。

強い経営で食料を生産し続け、地域の経済を支え続ける。そのための佐々木さんの挑戦はこれからも続きます。

有限会社希望農場/中標津クラフトモルティングジャパン株式会社

  • 営業時間:
  • TEL:0153-73-1212
  • 定休日:
  • アクセス:北海道標津郡中標津町字俵橋1736

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