【久世牧場】頼れたのは握りこぶし一つだけ。豊富町に入植した家族の物語。
この記事の登場人物
久世 薫嗣久世牧場
牧場や自然林が連なる一帯を抜けると、ほどなくログハウス風の小さな店が見えてきます。チーズとジェラートの工房レティエです。オーナーは、久世牧場の久世薫嗣さん。その物静かな表情からは想像できないほど、波瀾万丈な人生を歩まれてきた方だとか。
国道232号を日本海沿いに北へ。
もくじ
兵庫県から家族で移住、始まりは極貧テント生活。
出身は兵庫県。北海道に移り住んだのは平成元年のこと。その直接のきっかけとなったのは、家族においしく安全な牛乳を飲ませたいという思いでした。
「広い草地で放牧されて育った牛のミルクが、最も自然で健康的だと感じたんです」
そんな思いは、いつしか北海道で乳牛を飼育したいという願いに変わります。考えぬいた末に久世さんが選んだ移住先は、酪農のまち豊富町でした
いや『移住』という表現は適切ではないのかもしれません。なぜなら新天地豊富町には、広漠とした土地があっただけ……。
「とにかく極貧でしたから。入植当初は、原野の真ん中に建てたオンボロテントで寝泊まりしていました。しばらくしてから古い住宅を解体して、家族で家や牛舎を建てはじめたんです」
木材運びやクギ抜き、持ち込んだ牛の世話は子どもたちの担当。
自然が大好きな三人兄妹は、毎日朝早くから夜遅くまでシゴトに明け暮れます。久世さんも唯一の道具『握りこぶし』を駆使して奮闘。やがて地元の方が手を貸してくれるようになり、その年の秋、豊富町の山間に久世家念願の牛舎と家が完成したのです。
家族の仕事の拠点となる牧場と工房が誕生
当初は爪に火を灯すような生活でしたが、地道に着実に、久世さんは牧場規模や家畜の飼養頭数を増やしていきました。
当初の収入源は生乳のほか、牛肉、鶏卵の販売。牛には、夏は青々と茂る放牧地の草を、冬は干し草と道内産の小麦やふすまを与えました。
鶏は平飼いで、タマゴは有精卵。当初は地元購入が主でしたが、自然本来の味や安全性が口コミで広まり道外にも顧客が増えていきました。
近年飼育を始めたホエー豚も人気です。
子どもたちも逞しく成長しました。
幼かった長男は、十数年で牧場の仕事を一手にこなすまでに。長女は家事を担当。どんな仕事もテキパキ要領よくやってのけます。次女や入植二年目に誕生した三女は、学校に通いながら兄姉の手伝いに精を出しました。
一人ひとりが責任と役割を持って生きる。けれど家族はこの上なく頑丈な絆で結ばれている。
それが入植時から貫かれた久世一家の生き方なのです。
入植して10年目、久世さんのビジョンが小さな実を結びます。
きっかけとなったのは、地元の仲間で組織したチーズづくりのネットワーク。原料は牧場のとびきり新鮮な生乳。うまいチーズとなる自信はあったが、製法の奥が深い分、試練は続きました。学ぶこと丸2年。
その味に自信を持った久世さんは、仲間の出資を仰ぎ『工房レティエ』を開業したのです。
豊富の町に経済と文化と人の流れをつくりだして
家族のため、そして地域のために開業したレティエは、奥に工房、手前には飲食スペースを備えました。開業時こそ知る人ぞ知る的な存在でしたが、次第に地元の方々の憩いのスペースとして利用されるようになりました。さらに現在は、海外からの観光客を招く道北周辺観光の拠点ともなっています。
長女はチーズづくりに腕をふるいます。セミハードからモッツァレラまで品数も豊富、もちろん味には絶対の自信があります。(取材に伺った時も品切れ!)次女はジェラートづくりに専念しましたが、結婚を機に現在のスタッフにその技をバトンタッチ。生乳の新鮮な味とふわりとした食感は特に女性に人気です。
三女は、レティエの飲食スペースの責任者に。もちろんチーズやジェラートの原料となる牛乳は、長男の牧場からしぼりたての状態で毎日運ばれてきます。
久世さんの入植人生は今年で28年目。子どもやスタッフはそれぞれ「牧場」「チーズ工房」「ジェラート工房」「カフェ」という仕事場と責任を持ち元気に働いています。
「今の僕の仕事は子どもたちの働きぶりを見たり、お客さんとお話したり。あとはエベコロベツの村づくり(『子どもたちに自給する力を~自給のむらづくり』より)と孫の世話かな」久世さんが楽しそうに笑います。
舞台は道北の小さな町の小さな店。久世さんと家族が人生をかけてつくった牧場と工房は、この道北の地に心あたたまる地元のネットワークと新たな経済活動を生み出しているのです。
エベコロベツファーム久世牧場と工房レティエ
- 営業時間:10:00~17:00
- TEL:0162-82-1300
- 定休日:火曜日
- アクセス:北海道天塩郡豊富町福永