動物の命を食べるのは「かわいそう」? 但馬牛を育てる田中畜産に学ぶ「食育」の本質
この記事の登場人物
かわぐち まさみエッセイ漫画家
はじめまして。エッセイ漫画家のかわぐちまさみです。
仕事に、育児に、家事は最低限しかしない主婦でもあります。
今年、小学生になる5歳の息子・そーちゃんがいます。
そーちゃんは、明るくて、おしゃべりで……
もくじ
両親に似て、ゲームが大好きな男の子です。
他にも、お絵描きをしたり、本を読んだり、歌を歌ったり、好きなことがたくさんあります。
それはとてもいいことだけど、一方で悩みもあります。
「遊び」への関心が高くなっている分、「食べる」ことへの関心が低くなっているんですよね……。
「命をいただく」ってどういうこと?
食べ物を残したらあかんよ!
なんで?
え……。
なんで残したらあかんの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この時期は成長期だし、そーちゃんには、ごはんを残さずに食べてほしいけど、食べることより遊ぶことに夢中になってるんだよなぁ。
もっと、「食の大切さ」や「命をいただくこと」を教えたいけど、私自身がイマイチわかってないから教えられへんねんな……。
う~~~ん。
それなら、実際に、牛を育てている牧場に行ったら……!
ということで、調べてみたところ……
!!!
すごい!めっちゃかっこいいホームページ!畜産業界でこんなインパクトのあるサイトって珍しいんちゃう!?
田中畜産は、兵庫県美方郡の但馬牛の繁殖をおこなう専門家。放牧での牛肉生産にも挑戦しています。
SNSもたくさん発信してる!
おぉ~!牛のことを毎日、発信してる!子牛が生まれたんだぁ!可愛い~!お肉の販売情報まである!
........................。
この人たちに会いたい……!これだけ牛への熱い想いがある田中畜産でなら、「命をいただくこと」もわかるかもしれない!
よし!そーちゃん、牧場の牛に会いに行こう!!
ちょっとまって~。iPad持っていくわぁ。
(この都会っ子が!)
田中畜産に行ってみよう!
えーっと。田中畜産の場所は~
兵庫県の美方郡(みかたぐん)……?
もうこれ旅やん!?
やったー!旅行~!
ということで……
車で片道3時間の道のりを経て、田中畜産にやって来ました!
※取材のため、特別に許可を取って訪問してます。
空気おいし~!排気ガスの匂いしない~!
そーちゃん!牛さんがいっぱいいるで!
う、牛さん……!
そーちゃん、牛さん近くで見るの初めてやろ~。どう?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
興奮してる……。
どうもー。
はじめまして!かわぐちです。
そーちゃんです。
あっ・・・・・・・・・。
(さすが……都会ジャングルで培ったコミュ力!)
牛に餌あげる?
うんっ!
(そーちゃん、牛のお世話できるんかな~。インドアやからな~。)
あれ?めっちゃ楽しそうやな!?
牛さん、かわいい!めっちゃごはん食べるで!
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そーちゃん、その牛さんなぁ……。
?
お肉になって、ハンバーグになって、そーちゃんが食べるかもしれへんで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
う~~~ん。わかってるのか、わかってないのか、微妙やな。
「命をいただく」ということをどう教えればいいの?
そーちゃんに「命をいただく」というのを、どうやって教えたらいいのかわからなくて。
田中さんはご自身が「食べられるための命」を育てていますが、どんな風にお子さんに教えていますか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これといって、教えてないです。
え!命に感謝しなければならないとか、なにもそういうことは言ってないんですか?
ないですよ。
ないなぁ。
世の中には牛の屠畜※が残酷だという人もいるし、感謝をする人もいますよね。結局のところ、畜肉に対して抱える感情は自由だと思います。
※屠畜(とちく):食肉用の家畜を殺すこと
う~ん、確かに。私も正直、お肉を食べるたびに感謝はできないかも。
いろんな考えがあって当たり前ですよ。
田中さん個人としては、どう思われてますか?
僕は屠畜に罪悪感は持ってないです。
僕たち人間も含めて、生命は他の生命を取り込んでこそ生命維持ができるし、それをエネルギーとして次の命を紡いできた。
この生命の流れに善悪を盛り込むのは、僕は傲慢だと思いますね。
コスモを感じる……。私は食べ物について、命そのものであるということ、考えようとしてなかったかも。考えることを避けて通ってきたのかもしれないです。
そんなもんだと思いますよ。
せいぜい感じられる命っていうのは、自分自身の存在と、その周りとの「関係性」がある範囲でしか把握できないと思うんですよ。
食育はどうしてるの?
田中さんの子どもたちは、「命をいただく」ことについて、どんな風に思ってるのかな。
う~ん。うちの子どもたちも3人がみんな、同じことなんて感じてないと思いますよ。
長女を例に出すと、娘は昔、長く世話をした牛を出荷するときに泣いたことがあるんです。
え!そうなんですか?
泣いたのは一度だけね。長く世話してた牛だったから、屠畜されるのがかわいそうと思ったんだろうね。
でも今は、娘さん、お手伝いも積極的にしてますよね。
そうですね。当時は「辛い思いをさせたのかな」と気にはなったんですが、泣いてしまったちょっと後にね、娘が言っていました。
お姉ちゃん……!
きっと、彼女のなかでも葛藤があったうえで、彼女なりの答えを出したんでしょうね。僕と牛との関係……命を届ける過程を見て、娘なりに何かを感じたんだと思う。
『命をいただく』というのは、そういうものかもしれないですね。教えるものじゃなくて、それぞれが見て、体験して、「感じる」こと。
田中さんのお子さんたちは、田中さんと牛をずっと近くで見てて、自然と『命をいただく』ことを感じているんだろうな。
田中さんは「見て感じて」を信条に、特に何か子どもたちに言ってはないんですか?
そうだなぁー。「命をいただく」うんぬんではなく、食べ残すことは僕が嫌なので、子どもたちに言いますね。
そうですよね~。その意見はあつみさんも同じですか?
私は「お腹いっぱいだったら、もう残してもいいかな?」って思っちゃいます。
夫婦でもバラバラ!
家庭内でも意見がバラバラなくらいですから。食育って、一人ひとり考え方が違うものだと思いますよ。
食べ物(自分以外の命)との「関係性」が生まれることで、食べ方や味の認識は変わってくる
(牛飼いの田中さんでも、結局のところは意見がバラバラなんだな……。私なりにどう教えたらいいんだろう……。)
(牛って、思ってたより優しい目をしてるんだなぁ。もし私が実際に牛を育てる仕事に就いたら、ちゃんと家畜として育てられるかな?自分勝手とわかってても、出荷する時に悲しくなってしまうかもしれない……。)
私は、田中さんに聞いてみました。
田中さんは牛を屠畜することに罪悪感はないと言ってたけど、最初からそうだったんですか?それとも、何かきっかけがあったんですか?
僕も、牛と「関わり」がなかったときにはかわぐちさんと同じ気持ちだったかも。意識が変わったのは牛と接してから……。酪農学園大学の在学中に入った「肉牛研究会」では、貴重な経験をしましたね。
「肉牛研究会」?
「肉牛研究会」は大学のサークルなんですが、牛の繁殖から飼育までやるんです。屠畜場の見学もあるし、最後は精肉、料理までして販売するところまでやりました。
大学でそんなリアルに体験ができるんですか!
一週間、牛舎に泊まり込んで土日も休まずに牛の世話するんですよ……。
周りの大学生は遊んでばっかなのに……。
(すみません!いっぱい遊んでましたぁ!)
そのときに、初めて自分が育てた牛を、食べたんです。
ちなみに、そのお、お味は?
美味しかった……というより、「特別な美味しさ」がありました。
「特別な美味しさ」?
それは、今でこそ感じるものですが、牛の飼育期間が関係しています。牛は育てるのに5年くらいかかる。10年以上世話することもあります。
とても長い時間、育てるんですね。
そうなんです。その「過程」に、牛との関係性が生まれるんです。
「牛」と「田中さん」に?
そう。「牛を育てた僕」と、「僕に育てられた牛」という「関係性」が生まれる。
長い期間、牛を育てるなかで、僕は牛を身近に感じるし、大切に思う。そうやって育てた牛に対して持つ「主観」は味覚を変えるんです。
「A5ランク」や「霜降り」など、肉の美味しいと言われる基準を超えて、特別な美味しさが加わるんです。
それは、誰よりも牛と向き合っている牛飼いの田中さんだからこそ、わかる美味しさなんだろうなぁ。
食べ物には「過程」がある
そう考えたら、私はそーちゃんに「命をいただく」ことを教えるなんて、できるわけがなかったんだな……。
どうして?
私自身が食の「過程」や、田中さんのいう「関係性」を感じてなかったからです。親がわかってないと、子どもに伝えることなんてできないですよね。
うちはネットスーパーで食材の写真を見てポチッって買っちゃうことが多いので……。
見えてないだけで、手作りの食材には必ず人が介する「過程」があるのに……。
でも、かわぐちさんは、その「過程」を感じられると思いますよ。
え?そうかな?う~ん。
あっ!
かわぐちさんの仕事は、漫画を描くことですよね。漫画が誰かの手元に届くまで、そこには見えない「過程」があるはずです。
……ありますね。
構想して、原稿を書いて、ネームを描いて、会議を通して、修正を繰り返して、ようやく制作にとりかかったと思ったら……。
……ハッ!
今、めっちゃわかりました。
畜産と漫画は違うけど、『ものづくり』としては似てるところがあるかもしれない。
それだけ頑張って作ったものを「つまらない」って言われると悲しいですよね。
私は、ムカつきますね!!!
僕は、自分が育てた牛が美味しくないって言われたり、食べ残されると悲しいです。
とくに畜産は、命を食材として、消費者に届ける仕事ですもんね……。
だから僕は、やれることはやろうと思ってるんです。
「関係性」をつくるために発信するSNS
僕が牛を育てる「過程」をたくさんの人に知ってもらうためにSNS発信をおこなっています。
すべての牛を大切に食べてもらうことは難しくても、せめて自分の育てた牛は大切に食べてもらえるように。
牛の様子から、畜産の世界のこと、お肉の販売情報までたくさん!田中さんの牛への想いがつづられていますね。
ブログ、Twitter、Instagram、facebookはもちろん、最近はnoteとかTikTokもしています。
TikTokまで!?
SNSをほぼ網羅されてますね。効果はありますか?
うちの精肉販売はネット販売だけなんですけど、SNSで告知したら牛一頭の肉が30分で売り切れました。
まじですか!!!
これもお客さんと僕たちが育てている牛とSNSを通じて「関係」をつくっているからかもしれません。
牛飼いのお仕事だけでも大変なのに、発信作業とは……。確かに今までのお話を聞いて、田中畜産の牛は、田中さんにとって特別な牛だとわかりました。だけど、この作業は想像以上に大変なことですよね。なぜ、そこまでやるんですか?
田中畜産のことを知ってお肉を買ってくれた人たちは、大切に食べてくれるんです。
僕の大切にしているものを大切にしてくださる方がいて、僕は自分の大切なものを牛肉という形で大切な人に届けたい。
それがSNS発信を続けた上で、ネットのお肉販売を介してならできるんですね。
そうですね。うちの牛肉を料理した様子をSNSでアップして喜んでるお客さんを見ると、本当に嬉しいんですよ。
牛飼いを続ける理由
田中さんたちが牛飼いを続ける理由はなんですか?
まず前提に「牛が好き」ということですね。
田中さんたちの牛への想いはとても伝わります!
でもそれと同じくらい好きなことがあるんです。
え、なんですか?実はちょっと変わったオタクな趣味があったり?
違います。
違った。
僕は家で食べるごはんが一番好きなんです。
楽しい夕食や団欒の場を、我が家の牛を通して提供したい。自分の落ち着く空間で、仕事が終わって一番気が休まる時間、子供たちも帰ってきて家族一緒にいられる時間が好きなんですよ。
私も食べることが好きなのでわかります。大好きな家族と一緒に「美味しい」って思える瞬間は幸せです!
そうでしょ。
その一瞬の幸せのために、手間や時間をかけて僕らは牛肉という命を届ける。それが僕が牛飼いをしている理由です。
なんか、家族でごはんを食べたくなってきたなぁ…。(グゥ~)
かわぐちと田中さんの関係性
『命をいただく』というのは、それぞれが見て、体験して、「感じる」こと。「感じる」ということは、『命をいただく』過程との「関係性」が必要。
親である私自身が『命をいただく』ことを感じてないんだから、そーちゃんに伝えるなんてできなくて当然だったんだ。
「今」のかわぐちさんなら大丈夫。牛のことは1日の見学だけじゃわからないかもしれないけど、私たちの牛への想いや考え方はかわぐちさんに伝わったと思います!
「私」と「田中畜産」との関係が生まれた……!?
そうです。その「関係性」は、かわぐちさんちの食事にも、関わりがあるんじゃないかな?
そっか……。田中畜産の牛と同じように、全ての食べ物と自分たちは、濃い薄いはあれど、いろんな関係性のもとに私たちの手元にやってくる。
田中さんたちの牛への想いや、牛を食べるまでの「過程」を知った私はそーちゃんに伝えることができるかもしれない……!
それに、そーちゃん自身も、田中畜産に来て、何か感じたことがあるかもしれない。
ほんまに、この牛さんたち、全部食べられちゃうん?
そうやなぁ…。この牛さんたちは、お肉になるために育てられてるからなぁ。
かわいそう……。
うん……。
え……!
(この反応は意外。「目の前の牛たちが食べられる」ことに対して、「かわいそう」と思っても、その現実を受け止めることまで考えられないと思ってた……。
そーちゃんは、ちゃんと自分自身の体験を通して、「感じて」るんだなぁ。
そーちゃんと、田中畜産に来てよかったな。
そーちゃん!
いや、帰りたくない!もっとみんなと動物たちと遊びたい!
ちょっと待っ……!
……帰りたい~~~!!!
後日
私がそーちゃんに伝えられること……
それは……
そーちゃん、ごはん作るの手伝って!
はいよ~
うちは、田中さんちみたいに、「食材が作られるまでの過程」を、そーちゃんに見せることはできないけど、届けられた食材を使って「ごはんを作る過程」を見せることはできると思いました。
「命の大切さ」は教えられるものじゃない。感じること、体験することだから、こどもたちに伝えたいことがあるなら、まずは大人たちが向き合わないといけない。
でも、大人が子どもに「食育」や「命をいただく」ことの大切さを伝えることは、その答えが自由であるように、教えるのも、それぞれの自由だと思う。
ただ、私はそーちゃんに、食べ物が作られる「過程」を伝えたい。
田中さんたちのように牛と真剣に向き合って、命を届ける人がいるということを知ってほしいから。
……このお肉も、あの牛さんたちのかなぁ?
そうかもしれないね。どの牛さんでも、鶏さんでも、命をいただいて、ごはんを食べてるからね。
そっかぁ。
この先も、そーちゃんは、自分自身の体験の中で、「感じる」ことにたくさん出会うはず。
そーちゃんが「感じる」ことのきっかけを、作っていけたらいいな。
ごはん、できたよ~!
これ、そーちゃんが作った!
美味しそうやん……。
この日、そーちゃんは、いつもよりたくさんごはんを食べてくれました。
(おわり)
※許可なく牧場に立ち入ると牛たちが病気にかかる危険もあります。今回は、取材のため特別に許可を取って訪問しています。みだりに牧場に入ることはやめましょう!
田中畜産
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- アクセス:〒667-1301 兵庫県美方郡香美町村岡区境464-1