読みもの

希少肉ホゲットも!絶滅危機だった「南部羊」を未経験の移住者がノリで救った話

この記事の登場人物

関口 博樹
南部羊プロジェクト
" alt="">

こんにちは。ライターの斎藤充博です。今日は青森県の階上町(はしかみちょう)にある羊農場に来ています。
関口さんは東京でイタリアンのシェフをしていましたが、階上町で食べた羊の美味しさに衝撃を受け、階上町に移住をして「南部羊プロジェクト」を旗揚げ。現在は絶滅しかけていたその羊を「南部羊」として育てながら牧場を経営しています。
実は関口さんが育てている南部羊は、ちょっと特殊な羊らしいのです。関口さんの人生を変えたのはどんな羊なのか。くわしく聞いてみました。

これが羊。めちゃくちゃかわいい……。

「メェ~メェ~」近寄ると鳴き声がけっこううるさい。

なんというか、羊がいる空間は時間の流れ方が違いますね……。ゆったりとしておる。

ここで育てられているは全て食用のもの。いずれみんな食べられることを思うと、ちょっと複雑な思いがよぎりますが……。

僕は羊肉が大好きなんですよ。肉バルに行けば「ラムチョップ」、インドカレー屋に行けば「マトンカレー」を注文してしまいます。羊肉特有のあのかみしめる食感と、独特の風味がたまらない。

かわいい羊を目の前にしてこんなこと考るなんて、人間って罪深いぜ……。

こちらが牧場主の関口博樹さんです。

関口さんは東京でイタリアンのシェフをしていましたが、階上町で食べた羊の美味しさに衝撃を受け、階上町に移住をして「南部羊プロジェクト」を旗揚げ。現在は絶滅しかけていたその羊を「南部羊」として育てながら牧場を経営しています。

実は関口さんが育てている南部羊は、ちょっと特殊な羊らしいのです。関口さんの人生を変えたのはどんな羊なのか。くわしく聞いてみました。

希少な純血のサフォーク種の国産羊

わー。羊の牧場に来たの、初めてですよ!

国内で流通している国産羊は全体シェアの約1%だけですからね。残りは外国産。羊の牧場自体が珍しいのかもしれませんね。

 なるほど。この時点でレアな体験なんですね。

 ここにいるのは、普通の羊とは違うんでしょうか?

ここにいる羊たちは「サフォーク種」という羊です。顔が黒いでしょう?

  あ、そういえば普段僕がイメージしている羊って顔が白いような?

それは「コリデール種」ですね。

階上町では昔から純血のサフォーク種を飼っていました。ただ、もともとは食用ではなかったんです。

 何に使っていたんでしょう? 毛皮?

サフォーク種は毛皮にはあまり使わないんですよ。当初は農家が雑草を食べさせるために少数で飼育していたんです。ただ、そんな環境のおかげで、純血種がずっと残っていたんです。

 純血種って、やっぱり珍しいんですか?

純血種は希少なんですよ。肉用の羊の多くはサフォーク種といっても、コリデール種と交配が進んでいることが多いんです。その方が身体が大きくなって、とれる肉の量が増えるんですよね。

 ふーん。肉がいっぱいとれるのなら、サフォーク種とコリデール種の交配の方がいいような気がしますが……?

純血種のサフォーク種は、とてもおいしいんですよ。肉の味が濃いし、脂がさっぱりしている。

 へえ。僕が飲み屋でラムチョップをよく食べますが。あれとは味が違う……?

純血種の味もそもそも違いますし、国産のサフォーク種は脂の量が多くて、うまいんですよ。また、国産の羊だとチルドでの出荷も可能です。風味が落ちないため焼くのにとても適しているんです。

 焼くとうまいのか……。

ただね……。僕自身は羊って煮込み料理が好きなんですよ。トマトと煮込んでラグーにすると最高です。煮込んだ方が脂の味をより味わえますからね。

煮るのもいいのか……。どうしたってうまいってことですね……。なるほど……。

羊のいいとこ取り!? ラムとマトンのあいだ、幻の羊肉「ホゲット」

あと評判なのが「ホゲット」という羊肉ですね。

 ホゲット……?

羊肉というと、産まれて1年未満の「ラム」か2年以上の「マトン」という種類が思いつきますよね。ここではその中間、1年以上2年未満の「ホゲット」という羊肉も出荷しています。

はじめて聞きました。そんな肉があるんですか。

耳慣れないですよね。先日、テレビ番組では「ホゲットは幻の羊肉」と紹介されていました。1年以上生育すればいいので、決してむずかしくはないのですが、ほとんどはラムの状態で出荷されますね。……ホゲットはうまいんですよ。マトンのような肉のうまみががあり、ラムのような脂の爽やかさもある。

関口さんの羊がうまいという根拠が次から次へと出てきますね……。ちょっと一回整理してみたくなるな……。

あってますか?

うん、あってますね(笑)

こうしてみると、めちゃめちゃすごいな……。希少中の希少……。

関口さんの羊を実際に食べてみた

非常に珍しい国産の羊、さらに珍しい純血種のサフォーク種である南部羊。みなさんも味が気になってきているのではないでしょうか。ここでいったん牧場を離れ、後日僕が関口さんの羊を食べに行った様子をご覧ください。

お店の方に調理前のホゲットの肉を見せてもらいました。なんかキラキラ光り輝いているように見えます。決して照明の反射だけではないはず……。

出してもらった料理がこちら。「羊の鞍下肉とアバラ肉のロースト」です。

う……。うまい。なんじゃこりゃってうまさ。これが南部羊のホゲットの味か……!

強いて言えば「ものすごくさっぱりした牛肉」が近いでしょうか? 「さっぱり」というと味気ないように思えるかもしれませんが、決してそんなことはなくて、濃厚なうまみがあります。

印象に残るのが食感。グッとかみしめる必要があるんですが、ふしぎと「固い」とは思わないんですよね。かみしめるたびに味が出てくるから、かみすすめるのが楽しいんです。

臭みはまったくないです。ただ、かみしめていくとほんのりと羊特有の香りがするのがわかります。

これも絶品だった「羊の脂の汁ペペロンチーノ」。ラーメンのような見た目ですが、スパゲティなんです。白い羊の脂が浮いているのがわかるでしょうか。ラーメンの背脂の感覚ですね。

絶句!!!

が吹き、その後ろを羊の香りが追いかけてくる感じ。関口さんが「脂がうまい」と言っていたけど、このことか!
決してしつこくない、さらっとしたさわやかな脂。脂の融点が低いからそう感じるそうです。しかし、さわやかな脂なんて、そんな邪悪なものがこの世にあっていいのか! 許さないぞおれは!

僕の知っている羊肉とは全く違うものを味わいました……!関口さんの羊は超うまいということが、完全に理解できたところで、再び話は階上に戻ります。

イタリア料理のシェフが階上で羊を育てるようになったわけ

関口さんは東京のご出身なんですよね? そもそも、なぜここで羊を育てているんですか?

はい。もともと私は東京でイタリアンのシェフをしていました。20歳のとき私の親方にあたるシェフが、階上町の隣にある八戸市にお店を出すというので、手伝いとして八戸市で半年ほど暮らしていたんです。当時は半年間ほどの短い滞在でしたが、すごく気に入りましたね。八戸ってナポリに似ているんです。

イタリアのナポリですか?

そうです。同じ港町じゃないですか。魚介が水揚げされてすぐに使える。もう素材の良さに驚いちゃって。

なるほど……。ナポリ行ったことないからわからないな。そこはイタリアンシェフの感性ですね。

その時に階上町で堰合(セキライ)さんという方が育てた羊肉を食べたんです。もう本当に、おいしさに感動しましたね。生産地と消費地が近いことにも驚きました。東京では考えられないなと。。

確かに隣町で育った肉を食べるって、東京ではないかも……。

八戸で仕事をした後は、京都のレストランで働いていた時期もあったんですが、好きになった八戸が忘れられなくて、八戸に戻りました。そこでは別の方のお店でシェフをしていたんですが、3年くらい経ったころでしょうか。東日本大震災が起きたんです。そこで一度自分自身の人生について考え直すことになって。

……なるほど。

より地域に関わる仕事がしたいと思い、シェフを辞めて町内の産直施設の職員になりました。

産直施設に転職!?

ええ。道の駅で仕事に従事していたんですが、5年ほど働いたころ、羊を育てていた堰合さんが、高齢で続けられないという話を聞きました。

農業の高齢化問題だ……。どこにいっても聞くやつ……。

※堰合さんと「羊齧協会」の幹部メンバーが集い「南部羊プロジェクト」が立ち上がった。

実は堰合さんは階上でサフォーク種を育てている最後の人だったんです。これが途絶えてしまうのは本当にもったいない。なんとかならないかと思って、いろいろ動いたのですが……。もう自分自身が羊を引き継ごうと思ったんです。元来、南部羊という呼び名はなかったのですが、東京に羊食文化を推進する「羊齧協会」という団体がありまして。その人たちと「南部羊プロジェクト」を立ち上げたんです。

すごい!

最初は軽い気持ちだったんです。「自分で料理する分だけ育ててみようかな」くらいの。実はそれが大間違いで。きちんと育てるには群れで飼わなくてはいけない。牧場や牧舎も必要になります。

そうか、群れる動物ですもんね。しかし飼う側としては、数が増えると一気に難しくはなりそうです。

そうなんですよ。そして結局、いまから3年前に羊を堰合さんから引き継ぎ、農場や牧舎は他の農場をやめてしまう方からお借りすることになりました。

なるほど。実は牧場にしてはちょっと羊が少ないな……と思っていたんです。まだ始められて年数が浅いんですね。

そう。現在20頭です。少しずつやっているところです。

実際育て始めてみると、階上は羊を育てるにはいい場所ですか?

ここには「やませ」という東北地方の東側特有の冷たい風が吹き付けます。羊は涼しいところの方が元気なんですよ。

こんな分厚い毛皮があるくらいですもんね。階上は羊にいいのか……。

ただね、階上の人達が羊を育てようとしたきっかけは、別にそんな理由ではないらしくて。

あれ? 向いているから羊を育て始めたんじゃないんですか?

諸説あるのですが、階上町のシンボルの花が「ツツジ」なんですよ。そこにひっかけて「ヒツジ」。それで羊を育て始めたらしいんですよね。

ダジャレか! いや、ダジャレにもなっているかどうかあやしい。でもきっかけって意外とそんなものなのかもしれないですね……。

昔は羊を育てている農家ももっといたらしいんですよね。10軒くらい。それがどんどん減ってしまって。

せっかくいい地域にいい種が残っているのに、もったいないな……。

階上では羊のすき焼きを食べていた

ところで昔の階上では、羊をどんな風に食べていたんでしょうか?

甘辛く煮てすき焼きのように食べていたらしいんです。。

羊のすき焼き? うまそうですね。

いやあ。どうでしょうね。そもそもそのころは食用ではなかったですから。食べているのも雑草です。

そうか。飼育された当初は、雑草取りのために飼われていたんでしたよね。

羊って草を根っこから食べますからね。食べた後は草が生えにくくなる。外国の一部の地域では羊が砂漠化の原因になっている、って言われているくらいです。

それは雑草取りにはもってこいだ。

ただね、雑草を食べているとそんなにおいしくならないんですよ。昔の羊にはたぶん臭みがあったと思います。それを消すために甘辛く煮込んでいたんじゃないかと。

なるほどなあ。羊と人間の関係も試行錯誤だったわけか……。

羊は自分の病気を隠す生き物 羊の育成の難しさ

ちょっとエサをあげてみますね。

おお、エサをあげるとみんなついてくるんですね。ちょうかわいい……!

かわいく見えるでしょう? でもね、羊に背中を向けると頭突きされるんですよ。特に危険なのがオス。僕は2回くらいやられました。羊の武器は頭ですからね。頭突きされるとヤバいです。

羊って、意外と性格が荒い?

僕がいま飼っているのは12頭。その中でオスは1頭です。だいたい、メス30頭に対してオス1頭くらいの状態が普通です。この中にオスをもう一頭入れたら、オス同士で死ぬまでケンカするでしょうね。

死ぬまでケンカ。言われてみると、エサにむらがっている様子はなんか恐いな……。毛皮のモコモコにだまされてはいけない。やっぱり獣なんだ……。

ぶっちゃけ、羊を育てるって、大変ですか?

経験が必要ですね。最初は羊のちょっとした異変にも気づけない。しかしそれが、病気の兆候だったりケガの結果だったりするんです。

羊は、本能的に自分の病気やケガを隠すんですよ。自然の中では、ダメージを受けたものから他の動物に襲われます。それが群れ全体の生存率を上げる。だから、はっきりと調子が悪いときは、獣医さんに見せても手遅れなケースが多いんです。

もう隠さないほうがいいのに……。野生の記憶か……。オスの勇ましさもそうですが、獣なんですね。

そういう性格の生き物を育てているのもあって、自分自身の話をすると、私には1年中完全な休日はないです。彼らには盆も正月も関係ないですし。

それはそうなってしまいますよね。

ただ、いろいろ工夫もしています。たとえばこのカメラ……。

この中に、自分では常用しなくなったスマホが入っているんです。スマホのカメラで羊の様子を撮影しています。それはWi-Fiからインターネット経由で、自分が持っているスマホに転送しています。するとスマホのアプリでいつでも見ることができます。家にいながらにして羊の監視ができるんです。

ここ、Wi-Fiが飛んでいるのか……! スマホを繋げて監視カメラにするっていいアイデアですね。

まあ、あまったスマホを繋いでいるだけですが(笑)。でも負担はだいぶへりましたね。ただね……。去年は子どもの卒業式の朝に、双子の出産が始まってしまったんですよ。妻に「どっち行くの?」って言われてしまって。

わー。きっつー。

それはもちろん、お産を手伝うしかないじゃないですか。「どっち行くの?」ってのも、冗談ですよね。

それはそうですよね。

卒業式には途中から行きました。自分が大変なのにはもうなれたのですが、家族にはちょっと悪いかなって思っています。

うちの父は、普通のサラリーマンだったけど、卒業式になんて来なかったような……。意外とみんなそうかもしれませんよ。

牧場で育てた羊を料理して提供する施設を作りたい

まだ関口さんの牧場は頭数が少ないですが、もっと増やしたいですか?

段階的に増やしたいですね。今は12頭ですが、最終的に親が200頭くらいほしいですね。さらに他の農家と違いをつけるために、今後は飼料に地元の特産品などをブレンドして味を向上させていきたいとも思います。僕が羊を育て始めたときに「よくぞ受け継いでくれた」って泣いて喜んでくれた飲食店の方もいます。羊の出荷先については予約で埋まっています。需要はまだまだあるんです。

なるほど……。人気なんですね。

僕もね、自分の育てた羊を料理したいんです。ゆくゆくはここに、羊料理を提供できる場所を作りたいと思っています。

そうか! 関口さんは元料理人ですもんね。お店を作ったらいいですね。それ絶対に行きたいですね!

楽しみにしていてください(笑)。

最後に一つどうしても聞きたかったんですが、関口さんって羊を見るときに「かわいい」って思います? それとも「うまそう」って思います?

「かわいい」とも思いますが、どちらかというと「うまそう」の方が強いですね。

ああ~。それでいいんですね。ありがとうございました!

なぜかイェーイって感じの写真を撮りました!

今までの人生、ここまで肉の味について深く考えたことはありませんでしたが、南部羊との出会い、育て方、関口さんの想いがあの味を作り上げていました。
ほとんどの人にとって関口さんの羊は「全く新しい味」に感じられるのではないでしょうか。

現在、関口さんの育てた羊が食べられるのは都内のお店などに限られますが、今後は一般流通も夢ではないかも。チャレンジがうまくいって、もっとおいしい羊が食べられますようにー! 僕は心の底から祈っております!

<関口さんの羊を提供しているお店>
取材協力:Bois Vert(ボワ ヴェール)
https://www.bois-vert.jp/