第1回農高アカデミーレポート!「これからの畜産には数字の勉強が不可欠」
多くの学び場が縮小される今年、「畜産を勉強中の全国の高校生がオンラインでつながり、学べる機会を!」ということで始まった「つながる農高プロジェクト」。本プロジェクトの企画、「農高アカデミー」の第1回目が10月25日(日)に開催されました。
もくじ
<第1回農高アカデミーの様子はこちらから全編ご覧いただけます。>
<以下、ダイジェストになります↓>
▲全国から集まった高校生たちがゲストに話を聞いていきます!
肥育農家から黒毛和種一貫経営へ
高校は普通科、大学では「経営」を学んだ
…まずはサイトウ農場について教えていただけますか?
齋藤 現在、黒毛和種の一貫経営を行っています。私の父が二十歳の時に牛飼いを始め、それまでは田畑の仕事だけをしていたのですが、肥育農家としての生活が始まりました。
2代目の私は19年前に就農したのですが、子牛を産ませてから育てた方が移動のストレスもなく素直に育つということに気づき、畜産試験場などで研修させていただきながら、繁殖も始めたところがあります。
子牛の生産から行って一貫経営をしている部分は私の農場の特徴であり、こだわりだと思っています。
…齋藤さんは高校時代、どうやって進路を決められたんですか?
齋藤 本当は獣医師になりたかったので、高校は普通科の進学校に行ったんです。ただ、学力が少し届かなくて。
高校3年生の時の恩師から「卒業生の中に、経営を勉強した後にトマト農家を継いで成功している例がある。企業経営を勉強する道もあるぞ」ということをアドバイスいただき、実家に帰れば農家のことはどっぷり勉強できるわけだから、企業経営を勉強することが将来のためにもなるのかなと考えて、大学は日本大学の生産工学部管理工学科(現・マネジメント工学科)に進みました。
「数字」の積み重ねが
オリジナルの牛を生み出していく
…今後、畜産で大事になってくる勉強は何だと思われますか?
齋藤 これまでの時代は勘でやってきた部分も多いと思うんですが、今後は数字の勉強がとても大事になると思います。データの積み重ねで自分の農場の傾向を掴むことが大切かな。
例えば私のところはICTの活用でコムテックさんの「牛歩®」を使っていて、歩数で発情を調べて、どのタイミングで人工授精をすればいいかがわかるようにしています。ただ、概ねの目安はわかりますが、受精するタイミングは農家さんによって飼養管理が違うため、排卵の時間はやはり少しずつ違うんです。
だから牛歩を基準に人工授精した時間、そして実際に受胎した牛としなかった牛のデータを自分の農場で細かくまとめてオリジナルデータを取っていくと、受胎率はもっと上がるかもしれません。
…サイトウ農場では実際にどのような数字管理をされているんですか?
齋藤 肥育の餌の量はこれくらいなど、基本となる数字を作って、それを基準に、血統の違いやもっと食べそうだなという牛は量を調整していきます。
枝肉重量は、子牛の生時体重によって本当に明確に分かれます。大きく生まれた牛の方がもちろん大きくなりますし、小さく生まれた牛は小さくなります。生まれた時に必ず体重を測ってデータを積み重ねてきたので、生まれた時点で、その牛がどれくらいの枝重になるかは予測できるようになりました。
当然、大きい牛を生ませるための母牛の飼養管理をすることも大切になってきます。数字管理の基準を決めておくことで、もっと肉質をこう変えたいとか枝重をこうしたいなど、社会のニーズに合わせて調整していくこともできます。
…逆に、数字管理を行わないと、どんなリスクがあるのでしょうか?
齋藤 もっと成績を良くしようとして、例えばビタミンや大豆粕などのタンパク質をあげるタイミングを変えてみようとした時に、うまくいかない場合もありますよね。
そんな時に、データをきちんと残しておかないと一度元に戻してみることができないんです。悪くなってしまったまま、どう変えていいかわからなくなってしまう。
繁殖にしても、大きい牛を生ませようとすると今度は難産が多くなってしまって、元の飼養管理を記録しておかないと元に戻すことができません。だから数字管理は徹底して行った方がいいと思います。
…そういったことは、大学で学ばれた部分もありますか?
齋藤 数字管理については大学で学んだことも役に立っています。大学のゼミでは、家電メーカーの数字を経営分析したりしていました。その時にリスクマネジメントを学びました。
損をすることが一番経営には良くないので、「3つのMを失くそう」ということを習いました。「ムリ・ムラ・ムダ」。それが畜産にも通用するなと思うんです。
…今、齋藤さんが力を入れておられることは何ですか?
齋藤 業務上で力を入れているのは、繁殖管理ですね。
1マス4頭で肥育すると考えた時に、去勢牛と雌牛にも分けますので、そのタイミングで自家産の牛が3頭しかいなかった場合には、今は1頭だけ肥育導入という形を取っています。
ただ、サイトウ農場は牛白血病(現・牛伝染性リンパ腫)が母牛はゼロ(白血フリー)を保っているので、できれば導入はしたくないんです。万が一導入牛が病気を持っていたら、どこで感染するかわからないですから。
だから今後は牛舎を増やし、繁殖牛を増やしていこうとしています。
あと業界全体のことを言うと、やはり後継者が少ないんですよね。小規模な畜産農家だと廃業してしまうところも多くて。だから若手の育成にも力を入れたいと思っています。
…齋藤さんの1日のスケジュールを教えていただけますか?
齋藤 酪農ではないので、それほど早く起きる必要はないんですが、朝は4時半か5時には起きます。
夜寝る前に牛舎を一度確認します。ネットワークカメラはつけているため睡眠時間は6時間ほどです。その間の事故率はそれほど高くはないのですが、5時半頃にまず牛舎を見に行って、軽く餌寄せをします。肥育まで行っているため、寝たまま立てなくなる牛も出てくるのでその確認も含んでいます。
その後、6時頃朝食を取って、6時半頃から10時頃まで餌やり。そこからお昼まではトラクターに乗って田んぼの作業。
昼食後、13時半頃から1時間ほど牛の世話として粗飼料だけを与える作業。その後夕方まではまた田んぼに出て、17時か18時頃に一度家に帰って来て、夜また2時間ほど20時頃まで牛の餌やりをして、1日の仕事は終了します。
…この仕事をしていて、良かったこと・大変なことは何ですか?
齋藤 一番嬉しいのは、牛が高く売れた時ですよね。
高く売れるということは、BMSナンバーがよく、サシがしっかり入って枝重もある時なので、いい肉ができたと実感し嬉しいです。牛は手をかければかけるほど良くなります。子牛は弱いので風邪を引きやすかったり下痢になったりもしますし。
あと黒毛和種というのは贅沢品になると思うんですが、友だちが焼肉を食べに行って「齋藤さんところの肉があったよ、美味しかったよ!」と言ってくれるのを聞くと嬉しいです。
逆に大変なことは、休みがあまり取れないことですね。うちは父母もまだ現役でやっているので交代で休みは取れるんですが、家族全員でどこかに出かけるというのはなかなかできなかったりするところはあります。出かける時は事故が起きやすい分娩の薄いタイミングを選ぶようにしています。
< 参加メンバーからは、さらに質問が続きます。>
… 畜産の仕事をする上で、取っておいた方がいい資格や検定はありますか?
「人工授精師」の資格があると
母牛管理が変わってくる
齋藤 従業員にどういうことを求めるかという話を酪農農家さんも含めて経営者の方々とよく話すんですが、1つ目は人工授精ができること、2つ目は病気の発見をすぐできること、と皆さんおっしゃいます。
母牛の管理がきちんとできるかどうかは人工授精の資格を持っているかどうかで大きく変わってきます。これは受胎率にも影響してくるんですよね。直腸検査をした時に、内臓脂肪がどれほど乗っているか、子宮がちゃんと発達しているかは牛の見た目とは変わってくるんです。
見た目はしっかりしているのに子宮が育っていない場合は飼養管理がどこかで間違っていて、大きい子を産めないということになりますので。
…サイトウ農場さんでは、稲わらは自家産のものを使っているんですか?
稲わらは全量、自家産。
飼料が受胎率にも大きく影響する
齋藤 うちは稲作もしているので、自分の田んぼで稲を刈った後の稲わらを使っています。ただ、それだけでは足りないので、近隣の耕種農家の方々に協力してもらって、稲わらは全量、自分のところで集めたわらを使っています。
飼料はとても大事で、草(粗飼料)が良くないと、受胎率も落ちます。配合飼料については、牛に応じてBCS(ボディ・コンディション・スコア)を常に見ながら1頭1頭考えています。
直腸検査をしてみて、見た目には並のBCSであっても実は内臓脂肪がついているぞという場合には、配合を少し落として、粗飼料で腹を満たしてあげるなど工夫をしています。
…私は高校卒業後、和牛農家さんに就職することが決まりました。従業員に持ってもらいたい気持ちや心構えがあれば教えてください。
命を目の前にしてする仕事だから
正面から向き合ってもらいたい
齋藤 それが疾病の早期発見にもつながってきますが、病気がある時は必ず変化があるので、よく見ていれば気付くことはできるんです。
僕はせっかく生まれて来た命を1頭残らず食卓に上げる、ということが使命だと思っています。だから牛の観察は“何かがあるかもしれない”という目で見て、できるだけストレスがない状態で肥育して万全な状態で食卓に上げることを常々心がけています。
… コロナの影響で一番大変になったことは何ですか?
肉の流通がなくなり、
相場が一気に落ち込んだ
齋藤 これまで外国の方が日本に旅行に来て、和牛をたくさん食べてくれていたのが、コロナ禍で一気になくなり、問屋さんの冷蔵庫で肉の動きがまったくなくなった時期があったんです。そのためセリの単価が落ち込みました。消費されないことには問屋さんも買えないし。
GoToトラベルやGoTo イートが始まって、今は一番酷い時よりは伸びたようですが、元通りという数字には程遠い状態なので、今後どうなるのかなという不安はありますね。
… 齋藤さんのリラックス方法はありますか?
朝淹れるコーヒーで頭をスッキリ
齋藤 私が朝早く起きるのは、コーヒーが趣味なので、ミルでコーヒー豆を挽いて、淹れたコーヒーを飲んで頭を一度クリアにするんです。今日はどういう仕事をするかということを考えて。ボーッと牛舎に行くのではなく、「今日もやるぞ」という状態で行くようにしています。
(齋藤さんのインスタグラム@ushiya.takecより)
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…学校で「牛温計」に取り組んだのですが、齋藤さんは人間ができる分娩時に死産を防ぐ方法ってあると思われますか?
齋藤 うちも63頭ほど母牛がいて、1年に1頭くらいは死産が起きます。どうにもならない場合も中にはあるんですが、見ていれば助かったのにという場合もありますよね。
牛舎にカメラはつけているんですが、夜寝る前には産気づいているのに気付かず、朝までに分娩した場合に、膜をかぶって窒息してしまうということもあり得ます。
うちも死産を防ぐために年内に「牛温計」を導入予定なんです。足が出て来たらメールの連絡が来るからね。それで少しでも防げればいいなと思っています。
… 齋藤さんのお肉(おやま牛)ってどんな味なんですか?
一貫経営のため
移動のストレスがない“うまさ”
齋藤 美味しい肉はうまみ成分が高いと言われているんですが、うちの肉を買ってくれた問屋さんが「一般の黒毛和種と比べて、うまみが強い」と言ってくださいます。
移動などのストレスがかかっていないという部分が一番大きいのかなと思っていて、市場で子牛を買って来る農家さんの肉と自家生産した一貫農家の肉では、サシの入り具合とはまた違うんですが、うまみは違う気がします。
最後に、高校生へのメッセージ
畜産に従事する方の数は、今現場でとても減ってきています。後継者がいないために廃業してしまう農家さんも多いです。一方で、大きな農家が規模をさらに大きくして雇用を増やそうとする動きが出てくると思います。あとは今子牛が少ないので、今後子牛の生産農家が増えると、そこにも雇用は生まれてくると思います。皆さんのように畜産を勉強しておられる方々がいらっしゃることはとても嬉しいことです。これからたくさん勉強して、ぜひ将来畜産の業界に従事していただきたいなと思います。
齋藤さん、ありがとうございました!