牛の存在があったからコロナ禍の高校3年間を卒業まで頑張れた
コロナ禍、行事などがすべてなくなり、学外での勉強の場も失われた農業高校生たちの力になりたいという思いで始めた「農高アカデミー」。第1回目から参加し、以来2年半、ほぼ全回参加でアカデミーを支えてきてくれた永井真生さんが、この春高校を卒業。アカデミー参加への思いを聞くため、卒業前の1月、真生さんが通う兵庫県立農業高等学校を訪れた。
もくじ
案内してもらったのは、3年間通い続けた校内の牛舎。
この学校で改良され、生まれ、育てられた牛たちには、先輩たちから引き継いできた思いがすべて詰まっている。
高校生活で苦しい時も、「牛の存在があったから卒業まで頑張れた」という真生さん。
「この子は共進会でクラスチャンピオンに輝いたナナちゃん。学生最後の共進会でリードした、とても思い入れのある大好きな子です。高校生活の相棒!」
一頭一頭説明しながら回ってくれる真生さんの説明の声に熱が入る。
そして慣れた手つきで外に連れ出してくれたのは、レイちゃん。2022年11月と今年の3月にジュニアチャンピオンを連覇している有望な牛だ。
真生さんにすり寄って甘えるレイちゃん。
農業高校で過ごした3年間について、真生さんに話を聞いた。
コロナ禍で行事が次々となくなり 高校生活は思うようにはいかなかった
真生 コロナ禍で始まった高校生活で、正直に言うと思い描いていたような日々ではなかったんです。牛舎に行けない期間も長かったし、行事がなくなったり、環境の変化にもなかなか慣れることができず、同じ方向を向けないことで周りとぶつかることもありました。
先生にも本当にたくさん叱られたし…閉鎖的で苦しい時期でもあって3年間が長くも感じました。それでも牛の出産に立ち会う経験や、死産、搾乳牛の突然死もあったりして、所属していた酪農研究会を生活の軸にしながらさまざまな経験をさせてもらいました。
きっとこの牛たちの存在がなければ高校を続けられていなかっただろうと思います。いつも本音でぶつかってくれる研究会の先輩や後輩にも支えられました。
全国の農家さんの現場を見るうち 高校の牛との違いに興味を持った
真生 入学当初は牛のことはほとんど知らず、毎日牛の散歩をしたりするのが楽しいくらいでした。でも農家さんとつながったり、先生からいろいろ教えてもらううちに学校の牛舎の飼育管理だけが正解ではないこともわかり、もっと知りたいという気持ちが大きくなっていきました。
そしてインターン先を自分で探し、全国の農家さんの現場を見せていただくことで、学校では体型重視で改良をしているため普通より体型が大きいけど乳量は少ないことなど、他との違いも見えてきました。
農高生活のすべてをかけ、 出場した思い出の共進会
真生 県農の酪農研究会でも力を入れてきた共進会は1年生の時はコロナ禍で中止になって、2年生になって初めて参加した時は、自分に任せてもらった牛で一番をとりたいという気持ちで挑みました。
その時は一番をとれたのですが、周りを見る姿勢だったり、キビキビした動きだったり、出場していた他校の同世代の子の意識の高さが自分とは全然違ったことに正直大きなショックを受けました。
酪農研究会の部長を務めた高3で出場した共進会では、自分が目指していた賞には届かなかったのですが、負けて帰っていた時に農家さんや先生たちがたくさん声をかけにきてくれました。
この1年間でいろんな話をして関係性ができたからこそ応援してくれていたのかなというのが嬉しくて、結果は叶わなかったけど、それ以上のものを得られたんだなと思うことができました。
▲共進会の時のお写真 (撮影:Yoshihiro Mizuguchi)
他に共進会の好きなところは、きれいな牛を見れること。会場に行くとすぐに牛のチェックをしてしまいます(笑)。共進会に向けて調教の練習をしていると、自分のどの動きが嫌で牛が歩かなかったのかや今日はこんなことがあったからこの牛は気分が上がっているんやなということが見えるようになるんです。この時が一番牛のことを近くで見れているなという気がしています。
農高アカデミーで出会った 全国の仲間に刺激を受け続けた
…そんな中、毎回欠かさず参加されていた農高アカデミー。どんな思いで参加してくれていたの?
真生 高校生活がコロナ禍で始まって、自分が予想していたほど牛のことが勉強できずにいたんです。それで農家さんのインスタなどを見ていたら、たまたま第1回目の「農高アカデミー」開催の広告が流れてきて。ゲストが肥育農家さん(齋藤雄志さん)だったので、当時同じ県農に通っていた姉と一緒に参加しました。
2回目は森林ノ牧場の山川将弘さんで、放牧にも興味があったので参加して、その後はもう内容が面白くて、どんなゲストでも参加するようになりました。 あとは同じ熱量で牛の話ができる学外の友だちができること、自分ももっと頑張ろうと刺激をもらえる出会いが嬉しくて、参加し続けてきたところも大きいです。
最初はZoomも初めてで緊張していたのですが、次第に参加メンバーとも仲良くなって、SNSなどでお互いに連絡を取り合うようになりました。学校生活が苦しい時でも、農高アカデミーのメンバーはいつも変わらず接してくれて、みんなが本音でしゃべり合える場所があったことは、自分にとって心の支えになりました。
過去のゲストの平野養豚場の平野恵さんやまえしろファームの眞榮城美保子さんなど、農高アカデミーをきっかけにSNSでつながることができた農家さんが、何かに困っていたらメッセージをくださったりして、そうした農家さんとのつながりもとてもありがたいです。皆さん自分をしっかり持っておられて、真っ直ぐな姿がカッコいいなって思っています。
…牛にアツい農高アカデミーメンバーとはどんな話をしているの?
真生 種雄牛の話や牛の体型の話とか。共進会に出ている子とは、お互いの学校の牛の写真を送り合って「何が足りないと思う?」と相談したり。
農業クラブの全国大会にも常連のように出場しているようなメンバーも多いので、みんなすごいなぁと思います。違うエリアから参加していた農高アカデミー出身メンバーが北海道の大学で一緒になってたり、そういうつながりって嬉しいですよね。
…めちゃくちゃアツいよね。
真生 農高生だけでなく、参加している普通科の高校生メンバーからもすごく刺激を受けています。一番びっくりしたのは、普通科のメンバーが積極的に意見を言う姿でした。それがすごいなと思って、自分も緊張してばかりじゃなくてちゃんと話さないとと思って意見を言うようになったんです。
普通科メンバーは、“農業高校生の当たり前は自分にとっての当たり前じゃない” ということをいつも教えてくれる存在です。違う角度からの視点を知ることで、普段当たり前のように見過ごしている日々の生活を振り返ることができるし、今後一般の消費者にPRしていく上での視点にも気づかせてくれます。
農高アカデミーはどんな意見を言ったとしても受け入れてくれる空気感をみんなが作ってくれていて、私も新しく参加してくれたメンバーがいれば、安心して話せるようにしてあげたいと思うようになりました。
国内外の現場を知って、 憧れてきた酪農家の力になりたい
…農高アカデミーに参加しているうちに、将来や進路についての考えも変化していたよね。
真生 そうですね。うちは非農家だし、両親も同じ県立農業高校出身で卒業後は北海道の馬の牧場で働いていた時期があるんですが、その経験があるからこそ厳しいことも言われていて。
大学へ進学すること、メーカーに就職して農家さんの助けになる道などもいろいろ考えたのですが、夢に向かって進学している子や先輩たちを見ていたら、私もちゃんとやりたいことと向き合っていきたいと思うようになりました。
若いうちにいろんな挑戦をしたいという気持ちがあって、英語も好きだったので、海外に研修に行くことを高3の春あたりから考え始めました。JAEC(国際農業者交流協会)の斡旋で、5月から来年3月まで北海道(十勝地方)の坂根牧場(sakane farm)に事前研修に行かせてもらって、その後アメリカへ酪農の研修に行く予定でいます。
…海外の酪農の現場を見に行くんだね。新しい未来の入り口に立って、今はどんな気持ちでいる?
真生 やっぱりまだ学校の小さな牛舎しか見たことがないし、短期間のインターンしか経験したことがないので、まずは実際に仕事というのがどれほど大変なものなのかを知りたいし、それで負けて帰って来ないようにしたいというのが今の気持ちです。
不安な気持ちも大きく、ちゃんと働けるか心配ですが、坂根牧場の坂根さんは「ワクワクした気持ちで来て欲しい」と言ってくださっているので、私もそうしようと思っています。
…将来はどんな人になりたいと思っている?
真生 私が酪農の仕事ってカッコいいなと思ったのは、高1の夏にインターンに行った淡路島の牧場だったんです。
今は本州の小さい酪農家がどんどんなくなっていっているので、そうした流れに何かいい影響を与えられるような存在になれたらいいなと思いますし、何か人と違う強みを持てたらいいなと思っています。
校内に「県農牛乳」の自販機発見! 1パック70円!
白黒ピンクのパッケージで、牛のイラストは裏面もサイドも可愛い! 5月からは北海道で新たな生活が始まっています。 畜産の世界の力になりたいという真生さんの進路に、今後も注目していきます。
▲坂根牧場(sakane farm)にて 永井真生: instagram(@sumirei_and_me)