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農家が一丸となって日本の食文化を作る時代

  • #畜産女子
  • #六次化

この記事の登場人物

喜納 忍
喜納農場

この記事の登場人物

川満 小夜里
川満養豚

この記事の登場人物

平野 恵
平野養豚場
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2023年1月、千葉県の平野養豚場の平野恵さんから「石垣島行きます!」と連絡を受けた。どうやら日頃顔を合わせる機会のめったにない養豚農家が3軒も集まるらしいと聞き、そこで畜産女子たちが何を話すのか、何が始まるのか気になり、石垣島への旅に同行させていただいた。

【第2弾】では、離島の石垣島の養豚に今求められている変化、立ちはだかる流通の壁などについて話が及びます。

本島での豚コレラ発生の裏で 離島・石垣島が直面していた危機

ワクチンを打たない選択をした石垣島

小夜里 旦那が川満養豚を継承する前、経営はかなり厳しい状態にあって。

これだけの設備と精肉店があるのだからやり方次第で好転するんじゃないかと思っていたんですが、継承することが決まった2020年1月、これからやっていこうという矢先に沖縄の豚熱が発生して、母豚が入ってこない、買えない、どうしようという状況に陥りました。

…同時期だったんですね。

小夜里 行政からは個人農家には助成金を出せないと言われたので、それまで石垣って養豚農家の横つながりがなかったんですけど、その時に急遽旦那が養豚組合を作りました。

大変だったのは、石垣の豚にワクチンを打つか打たないかという選択肢を迫られたことでした。ワクチンを打つ選択を取ることにはメリットもデメリットもあって、最初の接種費用は行政負担だけれども2度目以降は各農家の負担になることもあり、石垣市は養豚協議会で「打たない」と決めたんです。

その結果、ワクチンを打たない石垣は、ワクチンを打った沖縄本島から母豚を買うことができなくなりました。

今は一番近いところで九州から買っているんですが、離島なので輸送費が1頭あたり何万とかかかってしまうんですね。

 今、豚熱は西の方にも攻めてきてるから、そのうち九州もワクチンを打ち始める可能性もあるしね。

小夜里 母豚も雄豚も新規購入ができないので、AI(人工授精)も試してみようということで青森から取り寄せたりしたのですが、輸送に時間がかかり過ぎたり、初めてのことで管理も難しかったりで品質が安定しないため、つかないことが多くて。そういう状況が2年ほど続きました。

島内で母豚生産ができるシステムづくり

…離島ならではの問題も大きかったんですね。

小夜里 今、旦那は母豚をF1から育てる仕組みづくりを早急にしていかないといけないと市政に訴えているところです。

実績がないと要求は聞いてもらえないので、旦那が石垣市商工会青年部部長を務めて、行政との人脈作りや地域貢献をしたり、事業計画書を出して一つずつクリアしながら信頼を積み上げて、少しずつ状況は変わってきているかなと思います。

ゆくゆくは島内だけで母豚(種豚)の生産ができるようにして、後継者がいない農家さんには種豚を生産してもらうようにするなどの仕組みを考えています。

島は何かあった時に物流がすぐに止まってしまうから、いつかは餌も島内で賄いたいですね。

 島内で全部循環させられたらいいよね。

物流停止で直面する食料問題

小夜里 あと今怖いのは台湾有事の問題。起こればこの辺りの海域は一気に中国海警局の船が侵入してきて、日本船が入ってこられなくなる。すべての物流がストップすることになりかねないんです。

行政は全島民を九州へ移送する計画も立てているみたいですが、自分の命は自分で守るようにと言われていて、現時点(2023年1月時点)ではシェルターもない状況です。

もちろん起きないに越したことはないですが、中国経済の悪化により、より現実味が増している状況です。

農家以前に、南西諸島に住む私たちにとっては生死に関わる重要な問題なので、何事にも備えることは大事だと思っています。

普通の台風の時でさえも物流がストップしてしまう。でも食べ物さえあればとりあえず生きていけますから、その時こそ島民の役に立ちたいというのが旦那の一つの夢でもあります。

そうした夢を一つひとつ実現している彼を本当に尊敬します。大変だと思うけど、体だけは大切にして欲しいですね。

加工の細部まで美しい川満養豚の精肉店

川満養豚直売所のショーケースには、沖縄ではお祝いなどで振る舞われる中身汁用の「中身(なかみ)」やラフテー用の「三枚肉皮付ブロック」など沖縄特有の珍しい部位が並び、見ているだけでワクワクする。

そして加工処理が丁寧で、商品の一つひとつが細部まで美しいことにも驚く。これらは長年加工場を任されてきたお義母さんのこだわりなのだとか。

「川満養豚の中身は「とにかくきれい」とよく言われます。こっちではスープに豚の血も使うから、血も屠畜場で取っておいてもらうんですが、ホテル関係の方などから注文が入ることが多いですね。

沖縄では豚は鳴き声以外すべて食べると言われるくらい、頭の骨から血まですべて使われます。

加工にあたっては、1頭1頭味が違うから、必ず自分で味見して、どのように加工するかを判断しています。

これは私の20年のこだわり。まだ誰にも教えられません(笑)」とお義母さん。

今は、3代目俊二さんの高校の同級生でもある松原さん(元ホテルマン)も、加工担当の一員としてその想いを引き継ぐ。

こんな店が東京にあればさぞ毎日行列だろうと思うが、地元の方々にとってお肉はスーパーで買うもの、これらは「贈答品」という認識が強く、普段使いにはまだ遠いのが実情。

今後はブランド力を高めて内地から買ってもらえるようにしたい、というのが小夜里さん夫婦の想いのようだ。

▲左から川満小夜里さん、お義母さん、平野恵さん、松原秀和さん

これからは農家が一丸となって
日本の食文化を作る時代

 今回顔を合わせて思ったのは、今の状況を何とか脱したい人たちの集まりだなってこと。みんな立場も環境も違うけど、なんとか良い未来が築けないかってことを探っていて。

 みんなが相手を尊重していることも一緒にいてすごく居心地がいいですね。絶対に自分のところの豚が一番美味しいってプライドあるのに、争わない。

人によっては外の人のところを「おいしくないよ」って言っちゃう人も多いから。

 相手のことをリスペクトできるって大事なことだよね。

小夜里 これからはそれぞれ自分たちの商品にプライドを持ちながらも農家が一丸となって日本の食文化を守っていかないといけない時代だと思いますね。

…恵さんと忍さんは一番長いお知り合いですが、お互いに尊敬されている部分を教えてください。

 恵さんはトガっているので、農家が避けがちな発言や表現もガンガンしているところがすごいなぁと思います。「稼いでいこう」みたいなことも、みんな思っているのに言わないじゃないですか。

食用として飼っている商品だからこそ、本当に大切にする。それって、家族のように育てるとはまたちょっと感覚が違うんです。豚熱の時も、メディアの人から「家族を亡くしたような気持ちですか?」ってたくさん聞かれたんですけど、少し違うんですよね。

 聞きそうだよね。感動的な記事を書くために(笑)

 そう。私は「彼らを人に提供するものとして大事にしています」って答えるんだけど。でも恵さんはそういう綺麗事がないところが好きなのかも。

だからこそ豚舎を徹底的にきれいにもするし、それが当たり前というスタンスがめちゃくちゃカッコいいなと思うんです。

あとは旦那さんのことが大好きなところも可愛くて素敵! オシャレに生きてるところも好き! 尊敬するところはいっぱいあります。

 私は平野養豚をどう見せていくか、どう稼がせるか、どう働き方改革をして次世代につなげていくかといったブランディングは得意だと思うんだけど、養豚の現場は、補佐はするけど管理はすべて賢治さんがしていているんです。

だけど忍さんは社長として、それらを全部一人でしている。それは本当にすごいなと思います。私ならキャパオーバーしちゃう。

 いやいや、全部中途半端になっちゃってますよ(笑)。でも今再建を目指してきて、ようやくスタート地点に立ち、ここから喜納農場はどうありたいかを決めていく段階だなと思っています。

だから今回皆さんにお会いして本当に良い刺激をもらうことができました。

 人と会って話すと次の目標って定まってきますよね。自分がやりたいことってこうなのかもって見えてきたり、この人みたいになりたいって思えたり。

小夜里 よし、みんなで稼ぐぞー!

全員 おー!

左から平野恵さん(平野養豚場)、川満小夜里さん(川満養豚)、多宇千穂里さん(カデカル牧場/和牛繁殖)、眞榮城美保子さん(まえしろファーム/和牛繁殖)、喜納忍さん(喜納農場)

島の畜産生産者が次々と集まり、同業同士の交流は、帰りの飛行機時間ギリギリまで続きました。

笑顔で「稼ごう!」と言える生産者はきっと少ない。たとえ、自分たちの商品に誇りを持っていたとしても。

石垣に集まった未来を見据える生産者たちは、自らの家庭のために、同じ業界のために、そして将来の日本の食を守るために、拳を上げる。

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