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地域のつながりの中心に熱々の“肉”。コミュニティを活性化させる“出前焼肉”とは?

  • #食レポ

この記事の登場人物

原 大介
丸三精肉店
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少子高齢化や若者の地元離れに直面する地方自治体にとって、地域コミュニティの活性化は急務。各自治体がさまざまな取り組みを進めています。
そんな中、宝島社が発行する月刊誌「田舎暮らしの本(2019年2月号)」の「若者世代が住みたい田舎ランキング」では3位に入るなど、人気を集めているのが、長野県の飯田市です。中央アルプスや南アルプス、天竜川といった雄大な自然や、2027年に開通予定のリニア新幹線など、見所満載の飯田市ですが、街の魅力の根底にあるのが、独自の食文化によって育まれた“地域の繋がり”でした。

「出前焼肉」発祥の店、丸三精肉店。地域を繋ぐ食文化の誕生秘話

長野県飯田市は古くからみんなで焼肉を食べる文化が盛んな地域。街を歩けば、あちらこちらで「焼肉」の文字を目にします。市内の焼肉店と精肉店を合わせると80店近くあり、人口1万人当たりの焼肉店の店舗数が日本一の街なのだそう。

飯田市周辺の人は外食だけでなく、自宅や屋外でも頻繁に焼肉を楽しみます。そこで誕生し、浸透していったのが「出前焼肉」。出前焼肉とは、その名の通り、電話一本で指定した場所に焼肉セットをデリバリーしてもらえるサービス。現在は市内で5軒ほどの精肉店とJAなどがこの出前焼肉を展開しています。

中でも、JR飯田駅から歩いて10分足らずの場所にある「丸三精肉店」は“出前焼肉発祥の店”として地元で有名。創業およそ70年の老舗で、今は三代目の原大介さんが店に立っています。

「出前焼肉は二代目である僕の父親が40年ほど前に始めました。最初は普通に肉を売っている精肉店でしたが、焼肉をするために肉を買うお客さんから『お箸やお皿を貸してほしい』『鉄板も貸してほしい』『全部家まで持ってきてほしい』と、いろいろなことをお願いされるようになったそうです(笑)。サービス精神旺盛な父が『いいですよー、いいですよー』とリクエストに応えるうちにできたのが『出前焼肉』。ちなみに僕は、出前焼肉がテレビなどに取り上げられて他県の人から注目されるようになるまでは、うちが発祥のサービスとは知らず、この地域だけの文化であることも知らず……。『全国の肉屋さんも出前大変だろうな』と思っていました(笑)。

出前焼肉を考案した二代目(原さんのお父さん)は、より多くの地元民の声に応えるべく、そのアイデアを当時の食肉組合に提案。他の精肉店もサービスを始めるようになり、出前焼肉は南信州・飯田地域の食文化として根付いていきました。

1人前たったの1200円!週末の予約は300人前!?
原さんが採算度外視で出前焼肉を続ける理由

丸三精肉店で提供している出前焼肉にはいくつかのコースがありますが、基本セットとして、カット野菜(キャベツ・たまねぎ)とタレ、鉄板、バーナー、ガス器具、お皿、箸が付いてきます。

 ▲こちらは鉄板、バーナー、ガス器具。5~6人で1セット貸し出されます。

そして、最も安いコースは、お肉が牛カルビ、豚肩ロース、とりももの3点で、料金はガスの燃料代なども含めて、1人なんと1200円!耳を疑うほどの安さです。しかも精肉店が選び抜いた肉だから質も安心。

 ▲こちらは5人前の牛カルビ、豚肩ロース、とりもも3点。なかなかのボリュームです。

この辺りで、もしかすると頭の中に1つ、大きなはてなマークが浮かんでいる人もいるかもしれません。「鉄板やガス器具の貸し出し?焼肉って、家の中でやるんじゃないの?」そうなんです。

飯田地域の焼肉は、屋外でするのがスタンダードなんです!つまりどちらかというとBBQのようなスタイル。(ちなみにこの地域では「BBQやろう!」とは誘わず「焼肉しよう!」と言うそう。)

なぜ飯田地域では焼肉を屋外でするのか?それは大人数で集まり、語り合い、楽しむ機会が圧倒的に多いから。地域の催事やお祭り、お花見、キャンプ、会社の歓送迎会など、人が集まるありとあらゆる場所で焼肉の煙が立ちのぼります。さらに、部活や文化祭の打ち上げなど、子どもの頃からみんなの日常に溶け込んでいるのが“飯田焼肉”なのです。

丸三精肉店も、春から秋にかけてのシーズン中は毎週末100人から300人前の出前焼肉のオーダーがぎっしり。さらに、出前焼肉の依頼は年々増えているそうです。

出前焼肉を行うお店は土日はもちろん休むことなく、団体ごとに焼肉のセットを準備して開催場所に届け、終わったら回収してゴミを片付け、鉄板を洗うという仕事の繰り返し……かなりのハードワークであることは簡単に想像がつきます。

忙しく働く大介さん。「もう週末は焼肉地獄ですよ(笑)」と笑いながらも、出前焼肉発祥の店に生まれた三代目としての率直な思いを語ってくださいました。

「本音を言うと、『親父がいなくなったら出前焼肉なんてやめてやる』と思っていました。でも、実際に父が亡くなって、ようやく『地元の人に気軽に焼肉を楽しんでほしい』という、父の本当の想いが理解できたんです。出前焼肉は飯田市の大切な食文化。みんなが1つの鉄板に集まって同じ味と話題を共有することで、一体感が生まれ、この地域に住む人たちの絆が深まってきたのかもしれません。これからは自分がその絆をつないでいかなければいけない。焼肉はこの地が誇る文化ですから。これからもみなさんに出前焼肉を楽しんでほしいです。

外食の一つの選択肢という枠を超えて、地域コミュニティをつなぎ、絆を強くするひとつの仕組みとして機能する「焼肉」。一人の精肉店の店主がはじめたこのサービスには、地域活性を考える大切なヒントが隠れているのかもしれません。

メイン写真/丸三精肉店さんが届けた出前焼肉を親子で楽しむ少年野球チーム

丸三精肉店・炭火焼肉丸三

  • 営業時間:精肉店 8:30~19:00 /焼肉店 17:00~22:30
  • TEL:0265-22-1571
  • 定休日:水曜日
  • アクセス:〒395-0076 長野県飯田市白山町2-1-2

精肉店で扱うお肉は隣の焼肉店で堪能できます。

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