大山ファミリーが苦労の末に築いた、 「手づくり」の養豚スタイル。
No.295
はたらく
銀色のトレイに大きな肉の塊が横たわっています。実はこの肉、十勝のエゾシカのもの。北海道豊頃町の株式会社エレゾ社は、全国でも珍しいジビエ肉を提供する企業。さらに肉の解体や熟成、加工を手掛ける専門施設やそれらを堪能できるレストランも運営しています。このユニークでスタイリッシュな会社が誕生したいきさつを紐解いていきましょう。
エゾシカ肉を手にしているのは、エレゾ社のオーナーシェフでありハンターでもある佐々木章太さん。出身は帯広市。学校を卒業後、首都圏の著名ビストロなどで修行を積み、23歳のとき家業の飲食店の厨房を担うべく地元へと戻りました
「そんなある日、顔見知りのハンターが撃ったばかりのエゾシカを担ぎ込んできたんです。そりゃビックリですよ。野生のエゾシカなんて触ったこともなかったから」
さっそく専門家にお願いし、エゾシカを解体。脂肪分も臭みもない真っ赤な塊を豪快に焼き、その場で口に放り込みます。ほとばしる肉汁、滋味深い味わい。飼育された肉にはない旨味が口いっぱいに広がりました。
「経験したことのないおいしさ。本当に衝撃的でした」
以前働いていたビストロに送り届けてみることに。すると……
「エゾシカの肉はこんなにうまいのかと、かつての師匠や同僚が絶賛してくれたんです」
要望に応え、二度三度と送るうちに首都圏の料理人の間に評判が広がり、客にも出したいから送ってほしいという声が舞い込むように。ここで佐々木さんの心の中のスイッチがONに変わります。
「エゾシカは畑や森を荒らすことから駆除が奨励されている害獣。鹿を獲ることは十勝の農業を守ることにもつながる。さらにそのエゾシカ肉を全国のレストランへ提供すれば、消費者にも地元の農業者にも喜ばれるのではないかと」
今からおよそ10年前、2005年夏のことでした。
その当時、野生のエゾシカの取り扱いは、個々のハンターにゆだねられるケースも少なくありませんでした。撃ったその場で血を抜く人、近所にふるまう人、食肉加工施設に運び込む人。特殊な世界だけに、ルールを徹底することが難しかったのです。
しかし佐々木さんの場合、それを『適当』にすることはできませんでした。なぜなら相手にするのは一流のレストランやホテル。合法的で、衛生的で、安定的に提供することが大前提でした。
「なので自分もすぐにハンターの免許を取りました。さらに食肉解体処理業の許可を取得し、そのための施設もつくりました」
ベテランハンターとも契約。それまでは収入も不安定だったため、ハンターの方々は諸手を挙げて喜んでくれました。ただし猟に関しては佐々木さん独自のルールを定めました。
「例えば、撃つのは首から上、しかも一瞬で絶命させること。腹を撃つと鹿は身もだえて肉も固くなるし内臓に当たると肉が血なま臭くなる。ジビエであれば何でもいいわけじゃない、自分が提供したいのは一流の食材ですから」
さらに親鹿を撃ったら必ず子鹿も仕留めることや、その場では解体はせず必ず自分の施設に持ち帰ることも定めました。子鹿は親なしでは生きられないし、現場での血抜きは衛生的ではないということがその理由。
「命をいただく限りは、無為な情けも一片の無駄も許されない。それが食物連鎖の長である人間の定めだと思います」
十勝から届く上等のエゾシカ肉。評判を聞きつけ、当初は30軒程度だった客先もまたたく間に増えていきました。
「会員になってくれたレストランからは、年齢や性別を指定したオーダーが舞い込むようになっていきました。さらに鹿以外の十勝ジビエも分けてほしいという声も」
その一方、猟の現場でも小さな問題が生まれ始めます。
注文が集中するのは若い雌鹿。しかしそればかりを狙い撃ちはできません。たとえ雄でも引き取って食肉として利用しなければハンターの生活も守れないし、佐々木さんの“命の理念”にも反します。ではこの肉をどう利用するか……
佐々木さんはここでひとつの解決策を見いだします。
「それがラボの開設。鹿肉の解体だけでなく、熟成やハムなどへの加工もできる日本初のジビエの専門加工施設をつくろうと考えたんです」
*十勝の森からジビエを届ける命の料理人〜後編へ。